昨日の日記で、「ぎりぎり」という言葉がわからないという声が多数あったので、説明しておきます。 「ぎりぎり」とは「つむじ」のことです。 会社でいろんな人に聞いてみたのだが、半分くらいは知らなかったようだ。 でも、うちの母親は大阪出身なのだが、「大阪にいた頃も“ぎりぎり”と言っていた」と言っていたので、九州の方言ということでもなさそうだ。 ということは、おそらく「つむじ」の古い言い方なのだろう。
方言ではないけれど、その土地特有の言い方というのがある。 東京にいた頃のことだが、ある日友人と池袋の西武百貨店に行った。 その当時、西武の屋上の食堂に評判の料理があったので食べに行ったのだ。 ウエイトレスがオーダーを取りに来たので、その評判の料理とビールを頼んだ。 さらにウエイトレスが「他に何かご注文はありますか?」と聞いたので、ぼくが「何か、腹の太るものを下さい」と言った。 ウエイトレスと友人は声を揃えて、「え?」と言った。 北九州の方では「お腹いっぱいになる」ということを「腹が太る」と言う。(「ぎりぎり」と同じように、使わない人もいるかもしれないが) しかし、これは方言ではないだろう。 どこに住んでいても日本人なら、よく考えればその意味はわかるはずだ。
逆に方言というのは、どう考えても意味が解せないものを言うのだと思う。 福岡県では「さっち」という言葉をよく使う。 「王監督は、さっちが鳥越にバンドをさせて、チャンスを潰すっちゃね」 わかりますか? 「さっち」とは「何かにつけ」とか「決まって」とかいう意味がある。 つまり上の文章は、 「王監督は、決まって鳥越にバンドをさせて、チャンスを潰すんだよ」という意味である。 この「さっち」というのは福岡の純粋な方言だと思う。 以前熊本の人に「熊本では“さっち”という言葉を使いますか?」と聞いたことがあるが、「なんですか?それ」と言われた。 お返しに、その人から「しんたさん、武者んよかですね」と言われた。 今度はこちらが「なんですか?それ」と聞く番だった。 「武者んよか」とは熊本の方言で、「かっこいい」という意味らしい。 「そういえば・・・」と、ダイエーホークスの松中選手が熊本のファンから、「武者んよかですね」と言われていたのを思い出した。 そこでぼくは「熊本の人は、さっちが“武者んよか”を使うんやね」と言ってやった。
柳川ではひな祭りの頃になると、「さげもん」という飾り付けをする。 ちょうどその頃に、川下りに行ったことがあるが、その時船頭さんがその「さげもん」なるものを見せてくれた。 天井から糸で飾り物を吊るしているのだ。 ぼくは、それを見て「さげもん」とは「下げ物」つまり下げた物であることがわかった。 「もの」と言うのをこちらでは「もん」という。 例えば、「わるもの」は「わるもん」である。 「さげもん」とか勿体つけるから、何か特別なものと思ってしまう。 下げた物だと知ると、実に味気のないものである。 せめて「下げ飾り」とかにしてもらいたかった。
沖縄に行った時に聞いた話だが、例の「うちなーぐち」は奈良時代の日本語に近いそうである。 そうであれば、沖縄の人が本土の人間を「やまとんちゅ」というのはおかしい。 沖縄の人も結局は「やまとんちゅ」じゃないか。 沖縄の開祖は鎮西八郎源為朝だというし、琉球王国の時代から文字はひらがなカタカナを使っていたわけだし、立派な「やまとんちゅ」ですよ。 しかし、中国が「沖縄は中国の神聖なる領土である」と言うのは解せませんな。
そういえば子供の頃よく「ぎったんはなふくき」と言っていた。 「うそついたら針千本飲ます」と同じような意味だったと思うが。 友だちと何か約束する時に、「ぎったんね」とかいうふうに使ったような覚えがある。 似たような言葉で「チック、タック」というのがあった。 大ぼら吹いたり、出来もしないような約束をすると、決まって「チックねー(そんなことある<出来る>わけないやろ、といった意味で)」と言って腕をつねる。 「タック」と言うまで離してもらえなかった。 そして、それがうそだったり、出来なかった時は、デコピンの刑が待っていた。 こんなこと、今の子供はしないだろう。 今の子なら、ターゲットはいつも同じ子になり、いじめに繋がるだろう。 ぼくたちの頃は平等だった。 それにしても、する奴はいつも決まっていた。
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