行人徒然

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書くこと読むこと
2001年09月25日(火)

 感受性が強いのかな。そう思うことが増えてきた。普通は大人になって年を重ねていくと、泣いたり笑ったり、感動したり、そういう感情が磨耗してなくなって、鈍くなってしまうものらしい。だけど、自分は相変わらず子供のように感情を露わにしているし、新しい発見を重ねるたびに感動して一人で馬鹿のように喜んでいる。

 発見と言えば、この前、庭の酢橘の葉っぱにセミの抜け殻を見つけたとき、やっぱり感動して阿呆のように突っ立ってて会社を遅刻しそうになった。
 コンクリで固められた駐車場の真横に立っている酢橘。あと数センチでも寄っていればそのセミは地上に出れなかったはずだ。多分、地上に出てそのセミは、ガレージのあの錆びたパイプをよじ登り、僅かに触れる酢橘の葉っぱにしがみつくと、秋の気配を感じる風に吹かれながらゆっくりとその背を割り、羽を伸ばして飛んでいったのだ。
 何年も暗いその闇で過ごしてきた目に、太陽の光はどんなに眩しく映ったのだろう。

 そうそう。
 自転車置場の傍にある、あの枝にいたはずだった最後の幼虫。あたしが仲間を連れ去った3日後から姿を消した。さなぎになって身を潜めているのか、それとも仲間を探しに自分も旅立ってしまったのか。毎朝探しているけど、その姿は見つからない。




 話がそれてしまったけど、あたしにとって話を書いたり、誰かの話を読んだりすることは、間違いなくその世界にもぐりこんで同化する事だ。失敗を繰り返す現実のリセットボタンを無意識に探したり、疲れて眠い体に与えれば元気になるであろう呪文のありかや薬草のありかはどこだったかを考えて苦笑する毎日から抜け出す事だ。
 ただ、感受性が強すぎるのかな。
 そう思っているのだけど。

 誰かの話を読んで、同化が上手く行くかって言うのは、当然書き手さんの実力や技巧によるところが大きいのだけど、いったん同化してしまえばもうその先は凄い。
 視界が追うのは現実と同じように鮮明に映る幻。でも、その文字を追っている間は間違いなくそこが現実になっているし、自分に文字を追っているという感覚はない。登場人物の感情と自分の感情がシンクロし、共鳴が強ければ読み終わった後もしばらく虚ろになってそこに転がっている。
 余韻とか、そういう問題ではなく、本当に虚ろな状態で、空っぽの自分だけが認識できる。空っぽの中に本当の現実が戻ってくるまでにはしばらくの時間がかかるし、無理に現実へ帰ってきてもろくろく動くことなんて出来ない。

 自分が書くときもそれはおなじ。でも、自分なのだから技巧云々とかそういうことはない。
 目の前に広がる出来事や景色。感じる心や感覚を、そのまま正確に文字に変えて説明していくだけ。

 どっちの場合でもそうなんだけど、自分には選択肢のない定められた世界と未来の中を、手探りで生きて切り開こうとする作業とそれは良く似ている。どうあがいても定められた決定している未来はかわることなどないのに、どうにかして思うとおりの世界へ変えていきたい祈りにも似ているのだろうか。

 時々、現実を生活していなければいけないその瞬間に、虚像で作った世界の中へ無償に逃げたくなる。
 読むこと、書くこと。
 それは虚像で積み上げた甘い幻で、以前抜け出せなくて数日間そこにこもりっぱなしだったこともある。食べる事さえろくに出来ず・・・・体が求めないので・・・・眠るのも切れ切れにほんの僅かな時間を。
 はたから見れば、どんなふうに見えたのだろうか。
 目をぎょろつかせながら、部屋中の書物を読み漁り、ワープロの前に向かう自分。声をかけてもろくに返事さえせず、虚ろに天井を眺める時間。

 でも、自分はこんな時間がないと「現実」を保てない事を知っている。たまっていくストレスと、すれ違ったまま離れていくだけの自分の夢。理想。
 そう言ったものがたまって、心の中で虚になって壊れてしまうその前に、自分は現実から遠く離れた世界に出かけてしまうのだろう。
 毎日パソコンに向かって話を書くこの数時間。そんなに自分は疲れて壊れそうになっているのだろうかと思うと、かえって哀れで笑えてくる。
 金はなくてもそれなにりに自由で、それなりに満たされ充実していたらしい時間はもう去った。今は多少少ないと感じる程度の金を得て、自由も満たされた時間も失ってこうして現実から逃げている。
 なにが本当にしたいのか、なにが正しいのか、そう言う事を考えるにはあたしは無知で無力で、そして愚かだ。

 書きたいと、読みたいと、そう願う心は病んでいるのか。

 それを知ることが出来るほど、自分は哲学者でもなければ心理学者でもない。まして医者でもないのだ。
 ただ、自分が逃避した結果で、誰かが喜んでくれると言うのなら、それでもいいのかもしれないと、このことを考えようとするたびに安全弁のように思考を制御する頭痛と脳を固める靄の中で朧に思うだけだ。



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