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2020年09月04日(金) カミナリ族

 あ、今日は、カミナリ族がいるな。3人、かな。

 西新宿の高層ビル群はずいぶん老朽化が進み、それが関係しているのかどうかはわからないけれど、展望室が以前よりもうんと減った。カミナリ族にとっては痛手である。カミナリ族とは、雷の気配を感じると大急ぎで手近の高台やビルの展望室に登り、稲妻と大音響と水に沈んだ遺跡のような街並みを鑑賞する性癖を持つ者のことで、私が勝手にそう名付けた。展望室でガラスに向かっている人たちの中で、あの人とあの人はカミナリ族だなと、なんとなくわかる。わかるけれども、あなたカミナリ族ですかと声をかける訳にもいかず、なんとなく一人で連帯を感じているだけだ。

 私は雷を愛しているが、それは雷に愛されているからだ。雷に目をつけられているとでもいうのか。今思えばあれが最初だった、夏の体育館。

 小学校のプール。25メートルのコースが3コースばかり、その横に小さい子のための浅いコース。私は泳げなかったから、体育の時間にプールを使うのは辛かったし苦しかった。けれど夏休みに開放されたプールで、泳ぐでもなく水のそばで友達と過ごすのはなんともいい気分だった。

 小学校の6年生だったか、もしかしたら中学生になっていたかもしれない。同い年の姉妹のようにして育った仲良しの幼なじみと一緒にプールに行った。プールの縁に腰掛けて足を水につけて、絵に描いたような夏の空を眺めていた、小さい子たちが元気に泳いでいるから邪魔にならないように。そのうちに空が暗くなって、大粒の雨が落ちてきた。夕立だ。監視の人の指示でみんながプールから上がって体育館に入ったけれど、私たちは残った。お風呂に浸かりながらシャワーを浴びているみたいだった。顔の半分まで沈んで目を水面と同じ高さにして、打ちつける雨滴の作る模様を見るのも初めてで楽しかった。そうやってしばらく2人だけでプールにいて、様子を見に戻ってきた大人のひとに叱られて、しょうがなく私たちも体育館に引き上げた。広い体育館に20人くらい、いくつかのグループに分かれて床に座ったり寝転んだり走り回ったりして雨が過ぎるのを待っている。高い天井にいろんな声が響いている。雷が近づいていたのには、お喋りに夢中で気がつかなかった。それが体育館の屋根に落ちるまで。

 目を開けているのに何も見えなくて、真っ白で真っ黒で真っ赤だった、あの数秒。とても大きな音がしたと思ったのに何も聞こえなかった、しんとしたあの数秒。周りの人も友達も私も、何も形がなくなってただ浮かんでいるようだったあの数秒。その後、少しずつ少しずつ、世界が色と形と音を取り戻していった何秒間か。あの時に私はカミナリ族になったのだ。

 この出来事以来、何年かに一度は雷に愛されるようになった。玄関から出た瞬間に右と左から稲妻が走ってきて目の前でスパークする。空一面に蜘蛛の巣のように網をかける稲光を見る。ネイティブ・アメリカンの名付けに倣うならば、私は「雷に愛される女」だ。南米のどこかに世界一雷の多い村があると聞く。そこで雷に打たれて死ねたらカミナリ族としては本望なのだが。

2019.9.14
※第一回ブンゲイファイトクラブ予選応募


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