Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
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2018年12月15日(土)


神田のマニアックな塩生姜ラーメン大盛り食べたら風邪が暴走して夜中唸った、風邪薬倍付け呑んでたまごご飯夜中3時迎えにして乗り切る、ランチは行列のできる内神田「うてな」千円和定食、11時先発入店、料亭な味わい背中までシビれる、


12月だな、年間ベストをまとめてこの一年を振り返る楽しいひとときを、





文藝春秋1月号平成30年史全証言、2冊目買う、発売日に買っていた1冊目は社長に話の流れで、
貴乃花光司にグッとくる、





なかむらしょういち FB 投稿

大岡山から帰ってきました。とても楽しいイベントでした。今日はそのことについて書こうかな・・・ と思っていた矢先に、大事な方の訃報が入ったのでまずはその思い出について書こうと思っています。
館山の真空管アンプで有名なレストラン「コンコルド」とその主である佐久間駿さん(http://www10.big.or.jp/~dh/sakuma/index_j.html)は私にとってかけがえのない貴重な存在でありました。館山という千葉の最南端から発信されるその音楽と音は私にとっては未知の世界を数多く切り開いてくれたのです。
私が最初に佐久間さんにお会いしたのは忘れもしない、あのタワーレコード渋谷店のエレベーターの中でした。その時佐久間さんはご家族と一緒におられたのかな?「カルロス・ガルデルのCDを探しに東京に出てきたら何かエレベーターの中でこっちをジロジロ見ている奴がいるな と思ってたんだ(笑)。」というのは「コンコルド」に行くたびにネタにされた話でした。私の亡母が健在で一緒に「コンコルド」に伺った時に出た話題ですからもう10有余年前の話です。
それからというもの、私は千葉の方にツーリングで行くたびに「コンコルド」に足を運んでいました。5年くらい前まではほぼ年1回くらいで伺っていたんじゃないかな。私の母もそうでしたが、最初にノックアウトされたのは樽に入れられたローサー(ラウザー)のスピーカーから出てくるジョニー・ハートマンのヴォーカルでしたね。コルトレーンと組んだ名盤から「ラッシュ・ライフ」でしたか・・・マッコイのピアノに続いてハートマンのヴァースが聴こえた瞬間に「くーっ!参りました」という感じでした。
その後、アルテックのA5や蓄音機のような箱に収められた同軸のスピーカーから流れる音楽の数々を聴かせていただきましたが、そのどれもが佐久間さん一流の美学に彩られていたように思います。それは「良い音楽ってのは重心が低くなくちゃね」という事です。当時の私はその言葉にふんふんと頷いているだけの客だったのですが、佐久間さんがこよなく愛されたクリフォード・ブラウンにしても、フルトヴェングラーにしても、そしてカルロス・ガルデルにしてもその「重心の低さ」というキーワードが持つ意味は今の歳になって分かってきたような気もします。
佐久間さんは常々「アンプ作りでは森川忠勇さんが、音楽では池田圭さんがオレの師だと思っている。」と話されていましたが、ガラードのターンテーブル+グレイのトーンアームに付けられたDENONのDL102から流れる音にしても、そしてスピーカーはモノーラル一本しか使わない=ステレオ音源でもトランスで左右を合成してモノーラルでかけておられました にしても、そういう良き時代の良き人の記憶を音と言葉で語ってくれた、素晴らしき先達だったと思っています。
今夜はそのハートマンとコルトレーンのアルバムでも聴きながら、そして、佐久間さんの思い出のフォトが表紙に飾られた「音楽三昧放浪記」(https://amzn.to/2Glocv9)のページでもめくりながら、今は幻となってしまったレストラン「コンコルド」の音と、佐久間さんのイタズラ小僧のような屈託のない笑顔に思いを馳せたいと思います。佐久間さん、本当にありがとうございました。
では、おやすみなさいまし。

フルトヴェングラーの第九も大好きな佐久間さんでしたが、これもこだわりがあって、1942年の戦中録音のみ、しかも(ほぼ)第1楽章しか聴かない、というのが佐久間流でした。

「(第九の)第4楽章は不要な音楽だったとオレは思っている」と目の前で断言されたときにはさすがの私も焦りました、というか、ベートーヴェンファンなら皆焦りますよね(^^;; でもそういう率直な佐久間さんの言葉は好きだったなぁ。












Niseko-Rossy Pi-Pikoe |編集CDR寒山拾得交換会musicircus

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