続・無気力童子の紙芝居
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2013年05月10日(金) 結局南極

� ,い泙椶�はなにやってんだろう って話

職業が「将来の夢」ではなかった人間にとって 
お仕事は、まぁ楽しいし一生懸命やってんだけどさー
家帰って9時くらいなんだけど そこから何かやるかっていうとなんもしないし
まぁご飯つくるでもなく 気が向いたら洗濯くらいはしているかなー って生活
本は読むけどねー
でもなんか なんでかしらないけど 創作やってない人に対して
 「で、あんたは何してんの?」って思う悪い癖があるために
あーゴミみたいな生活してるなー我ながら と思って死にたくなります。


�◆,─△澆鵑併爐未里�まんして生きてるんじゃないの? って話

普通にびっくりしたんですよ
だって 死にたいのが当たり前だと思ってたからね
親がしつこく「親より先に死ぬのがイチバンの親不孝だ」とうるさいので
あとは死ぬのって結構大変だと思うので
こんな歳まで生きてしまったってだけでね。
まぁ自殺って かっこいいのは25でギリだと思うので(理由は分からない)
諦める。

ぼくの好きな「げーじつ家」に たんたん さんという方がいらっしゃるのですが
http://technocut-studio.com/t.profile.html
その方がやってる たんたんの哲学っ子ちゃん ってアカウントにね

たんたんの哲学っ子ちゃん ‏@tetsugakucco 5月7日
ちにたいのを がまんして みな いきてる おもって いきてきたですので なんとまあ もう びっくり。
みんな は ちがう。
でも、いっしょ なんて もともと ひとつも ないですので きょうも わらって おのれ を こえよお。


ってのがあって おおおおお ってなった。
きょうは もう おしまいです ほっ。
おつかれさま。


�� 2 の続き と この歳になって新たに発生した問題

職場にも友人にも 既婚者が多くを占め しかも そんな友人達は
妊婦さん→お母さん へと次々ジョブチェンジしていくわけですよ。
でもねー もうこれ何回も書いてるから知ってる人はくでぇよと思うかもしれんのだが
そのへんの 友人の変化に ぼくは対応できないのです。

こないだショッピングモールで
あーもうすぐ産まれるんすね っておなかの妊婦さんとすれ違って
その人は お兄ちゃんになるであろう3,4歳くらいの子と2人で歩いてて
すれ違いざまに わたしがおなかを思いっきり膝蹴りするイメージが鮮明に浮かんで 
きっと血相変えて怒るんだろうなーってか殺人になるんかなーグフフー
と思って色々想像してたら もう手が震えて ゾクゾクした。
ヘタすると快感になりそうなので 以後気をつけるようにしないと。

高校生くらいのときに しょっちゅう見た夢のなかに
自分が妊娠してそれが気持ち悪くておなかをグッサグサ刃物で刺すのがあって
自分に対しての違和感だけかと思ったらそうじゃなかったみたい?
妊婦に親殺されたりしたのかなー・・・!

というわけで いまだに おめでとうと言えないまま 
もしかしたら一生会えなくなっちゃうかもしれない友人のことを思って
最近良く夜泣いています。しくしく。

で、最近発生した問題というのはそれ以上に
なんか職場の人から 「子どもの予定は?」とか聞かれるのがすごく嫌。
「ないです」っていってんのに
どうして とか 産んでみればなんとかなるわよ とか ほんとに嫌
上司でも殴る勢いで嫌。殴ろうかなへなちょこだけど

産んでもらって幸せだと思ったことなんか一度もないのに
形式的にありがとうとは言うけど
産まれてこないことほど幸せなことはないと思う
生命なんて 呪いだと思っている。
本能に強制された連鎖する、伝染性の病で呪い。
それをどうして自分が行う?ありえないっす死ねえええええ

でもそんなこと言えないので
へらへら笑って 「そうですかねー?」とか言ってる自分も嫌い死ね


2012年10月05日(金) 小此木啓吾「自己愛人間」

より引用

いま私達が問題にしている「死に方」が、いずれも病気や老いによる受身的な死の問題であるという事実です。
 もしかしたらこうした受身的な死に方がわれわれのもっとも深刻な精神的関心ごとになってきているということ自体が、もっとも現代的なことではないか。かつてモラトリアム人間社会になる以前は、人間の死に方としては能動的で主体的な死に方がむしろ主題だったのではないか。殉教とか切腹とかをもちだすまでもなく、自ら死に場所を求める、といった死を自らのアイデンティティを確証する機会とするような、そうした理念的な意味づけをもった能動的な死を美化したり、理想化する時代があったのではないか。
 いま私達が直面している現代的な死に方は、死ぬことさえもアイデンテxティを全うする有意義な経験に能動化し、自己愛の高まりの機会としてしまうような、能動的な死に方ではないのです。むしろその多くは、裸の自己愛のままの受身的な死に方なのです。
               (現代社会と自己愛人間)

 


2012年10月03日(水) 2つのこと

【1】
昨日からニュースで流通アナリスト?兼子氏死去のニュースをしきりに流している。
正直私はその人を知らなかったし、流れる映像を見てもなんだこのキモヲタとしか思わなかった。
肺ガンの一種で、不治の病だったそうで、41歳で亡くなったらしい。
当然死亡宣告みたいなものを受けているので、葬儀の一切や礼状などを残して
仕事の人間にはあまり病のことを告げずに、闘病生活を送っていたといくこと。

生き様がすごい とか 自分が同じ立場だったらこんな立派なことはできない とか
涙ながらに語る芸能人たちがハリボテに見える。
どうしてみんなそんなに死にたくないのかわからない。
あと1年で死ねますよって言われたら、残り365日をどうすごすか計画を立てればよいだけで
あと何年生きなければならないかが分からないよりもずっと楽だと思う。

最近毎日死に死にたいと考えている。
眠る時はいつも、このまま目が覚めなかったらいいのにと思っている。
でもそんなことを夫P氏に言ったら怒られるので、(先週もけんかみたいになったし)
いわないようにしていないといけないんだけど
今日は叫ばないとどうにかなってしまいそうでした。
昼間1人で家にいると、タオルで首をくくってみたり、包丁をおなかにぴたりとつけてみたりしています。
でも痛いから刺したりできないです。一安心だね!

別に辛いことがあるわけではありません。
虐待を受けているわけでもないし、借金に苦しんでいるわけでもないし、夫が浮気しているわkでもないです。
世の中から見れば、両親は揃っているし、結婚したばかりだし、お金には困ってないし、療養休暇でも給料が20万あるし、一日を自由に過ごしているし
なんと恵まれた人か!!

でも生きていることが気持ち悪くて仕方がないです。
特に妊娠している人が嫌です。赤ちゃんが嫌です。
こんなに世界は美しいのに、人間の意志や欲望や食欲、活動、笑顔、体温・・・ 色々なものがグロテスクで
世の中にそぐわないような気がします。
鉱石の結晶や、秋の夕焼けや、鍾乳洞の底を流れる冷たい水の美しいこと!

人は生まれたその日から、死ぬことを怖れる時間が始まります。
人の命なんてものは、死を約束された特別変異だと思っています。自然界の奇形。
あぁ、はやく人類が滅亡しますように。
もう10年以上そうやって神様にお願いしているのにいっこうに滅びる気配が無いよ・・・



【2】
上記の理由が全てではないのですが、うちでは子どもを設けない予定でいます。気が狂いそうだから。
2人とも子ども大好きなので意外と思う人もいるかもしれないが。

まぁそれはいいとして、
両親が孫孫と言ってくるのでとても嫌です。
職場の人もそういうことを言うので嫌です。
でもいきなり産休とか言われても困るから聞いておかなければならない、のも理解できます。
不妊治療している人に殴られそうですが、子どもが欲しいなんて親の自己満足以外の何者でもないと思っています。
特に、ろくに世話もできず育てられもしないくせに3人も4人も産むような奴は害悪です。
まだミルクしか飲んでいない、クサみのないうちに食肉にしてしまえばいい。
この世に死を約束された不幸な生き物が増えるだけです。
でも子どもがいなくなったら私達の仕事はなくなってしまうので路頭に迷うね。

そんなわけなので、避妊手術とか受けようかなーと考えた。
卵巣取っちゃえば生理なくなってPMSも軽くなるんじゃない?
ヒャッホーこれで私の精神も安定するし生理用品をこの先20年買うお金で手術できるだろ
ピル飲み続けるってのも手だろうけど(女性ホルモン関係安定するらしいですね)
保険きかなくて高いし、絶対飲み忘れるもんなーブヒヒ

で、避妊手術をちょっと調べたら、当然保険適応外でしたが
私の予想を大きく外れたのは 手術しても生理があるということでした
ガーン!
それじゃあ意味が無い・・・
ヒゲが生えたらどうしようなんて考えていた自分の浅はかさを呪いました。


2012年09月18日(火) しにたいの話

こんばんは、今日からジムに通います。はとヒです。(外は大雨)

健全な精神は健全な肉体に宿る!と昔は声高に叫ばれていました
と昔読んだ森博嗣のエッセイかなんかに書いてありました。
秋は読書。目指せ1日2冊。

先日も書いた二階堂奥歯の「八本脚の蝶」を読んでいて
ふと自分が昔書いていた日記が気になり、検索しましたら、まだありました。
読み返しても遜色ない「痛いポエム」と「恥ずかしい過去」ですが、
興味のある暇人や懐古厨な友人はどうぞ。検索ワードが思い出せない人はきいてください。
時間がある今年度中にどこかにログをまとめようと思います。

それでね。

最近ツタヤで「24」を借りては見進めているのです。
今ちょうどシーズン�靴涼翦廚△燭�
生物兵器テロのために感染させられた青年が、あと数時間の命と知り、
両親に「死にたくないよ」と泣き訴えるシーンがありまして
「もし私が”あと数時間で死ぬ”って言われたらこんなに悲しいかなー、多分寝ると思うなー」
と感想を言っていたのですが 夫P氏からは何の反応もありませんでした。

一晩寝て、起きて考え直してみても、やっぱり悲しいかどうか分かりません。
普通は死にたくないものなのかしら。
まぁ、例えば「今わたしが死んだら息子はどうなるの・・・」とか「死んだら妻が悲しむ」とか
そんなことを考えてしまったらそりゃもちろん悲しいだろうとは思いますが
「自分が死ぬ」ことって、「自分が死なない」ことよりは安心できる気がしちゃうのよねえ。

中学生のころ夜中に家を抜け出して暗い夜道をプラプラしていたとき
エヴァンゲリオンのカヲル君のセリフ
「生と死は等価値なんだ、僕にとってはね。自らの死は唯一の絶対的自由なんだ」
と筆ペンで書きなぐった紙を学習机の上に出しっぱなしにしていて
両親が自殺したと思い警察に届けたりしたことが懐かしく思い出されます。
その頃から、何かあるたびに母親が
「親より先に死ぬのが一番の親不孝だ」
と繰り返し私に唱え続けています。今でもたまに言われます。
親不孝だな、わたし。

そんなわけで、いつ死んでもおかしくないし、構わないので
痛いのとか苦しいのは勘弁して欲しいなあと思いながら30年生き延びました。

10代の頃は、明日世界が崩壊しないか、いつ終わるのか、いつ終わるのかと毎日眠るのが楽しかったのですが
最近は眠れないまま朝が来るのが恐いので睡眠剤を手放せません。
10代の頃は、いっそ精神病になってしまいたいと思っていましたが
なってしまったわたしは仕事を休む羽目になりました。(あと半年で復帰できるよ!)

なかなか 思うようにはいかないね。
きっと苦しい死に方をするんだろうなあわたし。


2012年09月13日(木) 図書館にいった

分類が狂っていてイライラすることで有名な某市の中央図書館へ行ってきました。
んで、なんか借りるもんないかなーと思ってブラブラしていたら

二階堂奥歯の「八本脚の蝶」を発見!!
うへぁ、稀少本だよ古本だと1万円超えてるんだぞバカヤロー
と思いながら借りてきました。うひひ。

知らない人もいると思うので少し解説すると
2001年から2003年4月に自殺する日までの、著者のネット上の日記をまとめたものです。
その昔は伝説的で、結構有名だったと思われます。

↓複製がまだちゃんとあった!
http://homepage2.nifty.com/waterways/oquba/oqsearch.html

ただ私がそのサイトを知ったのは彼女の死後で、当時大学生でありました。
その時にざっとネットで読んだまま、再読する機会もなかったのです。

こりゃあいいものを見つけました。
でも私は呑まれ易いので、飛び降りたりしないように気をつけます。

まだ2001年のはじめのほうなんですが、
「肌水」とか懐かしすぎる・・・!!
コスメとかファッション用語がいちいち懐かしい。
いい時代だったな!!

でもその一方で、変わらない名作を引用している奥歯さん。

今日は読書する。


2012年08月31日(金) やあやあ

一般人化計画、絶賛進行中!はとヒです。

今日はお医者さんに行って、先週ようやく成人の処方に認可が下りた
「ストラテラ」の処方箋をゲットしてきたぜ!

これで世界が変わるに違いないわー
新世界の王になっちゃうよ!
ただでさえ天才的才能を発揮するわたくしがハッピードラッグを手に入れちゃったので
これはもうたいへんなことになるに違いないー
ぐへへh

でも最初は40mg/日なのね。
徐々に上げていきます。

妙に落ち着いちゃったら、今までの私にもう会えないかもしれないので
各々でわたしに別れを告げる心の準備をお願いします。

今後は新生はとヒがお相手いたします。


2012年07月13日(金) 平均的主婦像

はろう、寝過ごして病院の予約をぶっちぎりました、あとで謝りにいきます。
はとヒです!!!

先週くらいから再び
「空いた時間にアンケートに答えてポイントをゲット!」
というセゾンカードのサービスに熱中しています。

おら400ポイント貯めてパルコの商品券と交換するんだ・・・
(40000点必要)

ところで、こういったアンケート調査は
予備調査(30点)3分程度
のフルイにかけられて、見事通過すると
本調査(800点〜)15分程度
に進むことができるんだ!

そこでバカ正直に答えているとちっとも本調査に進めないので
平均的な主婦が解答すると思われるように
一生懸命知恵を絞って回答しているんだぜ!!

最近は渾身の一撃で
「本調査 報酬図書券2000円」
の文字を見ることができた!!!


でも昨日の“普段読んでいる雑誌についてのアンケート”
には困った・・・
30くらいあるファッション誌の欄だが
病院の待合室で読んだかも・・・
銀行で待ってる間に見たかも・・・
程度のものばかりで、
買ってます!なんて答えたら本調査で後悔するかもしれない。

そんなわけで普段買っている雑誌を紹介します。

1 TH トーキングヘッズ叢書
  http://www.a-third.com/top.html
  もうすぐ新しいのが出るよー嬉しいな!!
  TH No.51「魔術的イマジネーション〜超自然への幻想」 2012.7.31ごろ店頭に!


2 デザインのひきだし

  http://www.graphicsha.co.jp/shosai.php?snumber3=1187
  出版印刷業界とは同人誌でくらいしか接点がないけれど
  紙マニアにはたまらない雑誌であります。ほふんほふん


あ 市役所いかなきゃ。またね!


2012年06月22日(金) 本を売るなら♪

はとヒです。

ここ数日気分が沈んでいた(おそらく台風接近による気圧の変化のため)ので
ぱーっと明るくなるようにとマンガでも読もうと思ったわけです。

そこで、某学会系企業不買運動家のわたくしが
近年寄り付きもしなかった古本業チェーン店にいってみたわけです。

でも結局読んだのは
「ブラッドハーレーの馬車」と「毒姫」でした。

分かる人だけ分かってくれれば十分だが
余計気分が沈んだよ。
仕方ないよね…


2012年04月23日(月) わたしは、高校生と大学生が嫌いだ。

1日に複数日記を書くのは久しぶりなはとヒです。
こんばんは。

今、ボカロPのハチ/米津氏のUstを聴いています。
最近は昼間暇なのでアメーバピグでうろうろしたりしてます。
そういうことをしていると、高校生・大学生に出くわすことがあって
へどが出ます。すごく嫌いなんです。

女子高生は好きだと思われているかもしれませんが、別に好きじゃないです。
可愛い子がたまたま女子高生ってことはあるかもしれないけれど。

女子高生は大人から金品を搾取するので嫌いです。
男子高校生は汗臭いから嫌いです。
大学生はサークルで乱交しまくっているので嫌いです。

あんまり学園モノのアニメとかエロゲとかが好きじゃないのもそのせいなんだろうなあ。
クラナドは別に泣けない、みたいな。


でもそれって多分、自分がそこに適応できなかっただけなんだろうなぁと思う。
大人になって勉強して分かったけれど自分はおそらく発達障害で
こないだお医者さんと話したのだけれど

発達障害
↓
適応障害(家族の過干渉またはネグレクト・コミュニケーション障害等)
↓
鬱などの精神的疾患

ってことはよくあることで、医学的に証明がされていないだけで
関わっている人たちはなーんとなく把握してる。

大人になって、周りを見回すと
自分がどういう障害を持っているかを知り、対処している人は少ない。
自分の考えを押し付けたり、けんか売って回ったり
被害妄想を膨らませたり、ストーカー行為を繰り返したり

みんなに注意されても、自分のことだと分からなくて、
その人は一緒になって怒ってて
おいおい君のことだよ って思うことはよくあるよね。


見ていても気が付かない人もいる。
知っているつもりで区別がつかない人もいる。

わたしもまだまだ未熟者だけれど、職場に友達を作るようになって劇的に変わったと思っています。
社会生活をまっとうに送ることができるかどうか
それがとても大切で

自分の存在を許してもらえるかどうか
神様に認めてもらえるかどうか
生きていてもよいのか

だから今、一年間、
与えられた時間をとても長く感じて 途方もなく続くトンネルみたいで
いっそ干乾びてしまいたいと 毎日のように考えて
昼間は涙を流し
土に触れては、自分の存在を確かめている。

「でもいっそ みんななくなってしまえ」って 
10代の頃の自分が考えていたみたいに思うこともある。
悲しむ人がいるとか そんなことはどうでもよくって
この資本主義の人間本位の社会が
どうにも苦しくおどろおどろしく 禍々しく暴力的に感じられて
嫌になってしまう。

全てを知りたい気持ちと 全てを振りほどきたい気持ちは
相反するものなのかなぁ。

明日はとても暖かくなるみたいです。


2012年04月12日(木) わたしはきっと永遠に小沢健二に憧れ続けるだろうってこととか

長くなりそうな予感がしています、はとヒです。
日々思うことはありますが、3月下旬からもんわり考えていたことが ようやく言語化されてきたので言葉に下ろします。

1

3月の下旬に何があったかといってもさほど大きなことではなくて
小沢健二のライブCDBOX「ひふみよ」が届いたことと
ttp://www.parco-city.com/shop/18par331/18par331/item/view/shop_product_code/4958137321450
わたしがマレーシアに旅行に行って感じたことが うまい具合にリンクしていた ってただそれだけのこと。

2

MCでは沢山のことが、分かりやすく例を交えながらシンプルに語られた。
「持っているモノの値段では計れないもの」「危機管理と安全ボケについて」「どの国でも愛される大衆音楽」など。
それらのことは、日々生活している中でも見つけることのできる小さな小さなネガフィルムみたいなもので
”ニューヨークに住む大金持ちの友人は毎日箱から出したてのフレッシュなスニーカーを履いて『先週と同じスニーカーなんてオシャレもできないほど貧乏なんだな、カワイソー』と言う。それは、東京に住む人が『靴に穴あいてるよ、ヒンコンってカンジー』と言うのと変わらない”
というような話。
それを、ひらがなの一音一音を確かめるように、はっきりと、かつスマートに話す。

3

わたしがマレーシアで感じたような、生活水準の違いだったり、文化や思想の違いだったり、そういうものが
「あるよ」
って キレイに梱包されて目の前に置かれた気がするんだよね。

でも彼の話はひとつのくだりにひとつの意味ではなく、
ひとつの事象から色々な事象に波紋していく。
上に書いたスニーカーの話は、字面だけで捉えて頷く類のエピソードではないと思っている。
「安全」にデコレートされて欧米型に教育された日本人が、ひとたび自転車に乗ればAsiaの血が騒ぐ、とか
『アマゾンの奥地に歩く樹が発見された』と言えば欧米人は科学的にないことを証明したがるけれど、日本人は、『木も歩くかもしれないねぇ』と言う、とか。
仏教っぽい、シルクロードっぽい考えだというのにすごく納得がいった。

4

最近は書店で「ギリシャ化する日本!」「自殺者3万人超!」なんて文字をよく目にする。
けれど、なんだか違う気がする。
10年前にデュルケームの自殺論を読んだ時だって、日本の閉塞感とは全く匂いの違う類のもののようにしか思えなかった。
薬を飲んだり、体を切ったりして死んでいった友達たちは、社会に殺されたわけではないと思っているし、
わたしは牛や鶏を殺して食べることに常に罪の意識がある。
どこかで野良猫がひき殺されたのも、近所で老人が孤独死するのも、大きな差はないと個人的には思っている。
そういうのって、シルクロードっぽい考え方、なのかな。
イーハトーヴっぽい考え方だと自分では思っていた。

5

常日頃からわたしたち夫婦は「弱い個体」という言葉を使っている。
この「弱い個体」は遺伝子的に弱い。環境要因も少なからずあるが、出生時にはすでに「弱い」ものとして誕生すると思っている。
進化しそこねた、シーラカンスやハイギョのような、その一部地域だけでしか生息できない生き物。

世の中を見渡せば分かると思うけれど、最近は何でも文句を言う奴が得をしているような気がする。
正直者が馬鹿をみる、まさにそれ。
従来の日本が善しとしてきた謙虚さは見る影もない。
この、図々しい、自己中心的な、視野の狭い、一面的な、
そういう人間がはびこる。

それらと比べると、我々「弱い個体」は、繁殖力が低い。
発見だなんだと言って世界中の先住民を殺戮しまくった欧米人や、
ところかまわず叫ぶように甲高い声を張り上げて喋る中国人が、
いずれ世界を征服してしまうんだろうな、と日々考えている。
(そしていま挙げたどちらの人種も、動物を好きなだけ食べたり殺したりする)

6

こんなことをわたしは考えている。
特に難しいことでもなんでもない、当たり前のことだと思って考えて、話している。
結婚した相手も、時に納得し、時に訂正しながら会話に乗ってくれるのでありがたい。
でも時々「はとさんって何考えてるんだかワカンナイッスー」みたいな奴がいる。
別にお前に話してるんじゃねぇーよと思うが、相手もわたしの話なんて聞きたくもないんだろうと思っている
何を言いたいかと言うと、ある一定以上の知的水準がないと会話ができないねって話で

7

マレーシアでは、母国語のマレー語と英語を話す人が多いと聞いた。
でも中国系のマレー人はチャイニーズ
インド系のマレー人はインディア
バングラディシュから来た人は… 
と、多彩な言語が飛び交い、それを状況に合わせて使い分けるのだと言う。

それってすごい!と思うかもしれないが、それってどれも中途半端。
3歳とか5歳でブラジルから引っ越してきた子やその家族と話すと分かるのだけれど
日常生活で使われる単語数は多くないし、文法的にも難しくない。
旅行英語だって、英文法がさっぱり分からないわたしでさえ いざとなれば喋る。
つまりどういうことかというと、いくつかの言語を中途半端に使える状態というのは
複雑な思考には耐えられないということ。
日本語の、言葉一つ一つの色味の違いや、手触り、耳触りをもっと大切にしたい。
日本語をよりよく知り、的確に、美しく、操れるようになりたい。
小沢健二は、それを体現してくれた。

8

そこで小沢健二に戻ってきて、わたしの中では一周したので着地です。
ひふみよについて語りたいなー、語りたいなー、と思って知り合いを見回したら1人しかいなかったんだよ。
そしてその人の輪郭をなぞると、歳は同じか1こ2こ違いで、京都大学卒だったか…
そこで「あぁ、小沢健二は東大か(正確には早稲田で仮面浪人?)」と思い出し
学歴にはこだわらないけれど一定以上の知的水準って、やっぱり必要かもな、と思った次第です。
わたしは、自分より頭の良い人としか付き合わない(恋愛的な意味で)と決めているので、今の生活に不満はないなあと思いました。


長くなりました
もし誰か読んでくれていたらありがとう


めぐろう |MAIL

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