diary



2013年06月20日(木)

チョコレート嚢胞(左5cm 右2cmの疑い)
腹腔鏡手術覚え書き


12日
午前/
旦那に付き添ってもらって入院。
病棟看護士さん、手術室看護士さん、
麻酔科先生、薬剤師さんなどなどから説明、確認。
旦那帰る。
午後/
のんびり本読んだり、編み物したり。
おへその掃除、剃毛、夕食以降絶食、21時下剤、アルジネートウォーター
夜、他の部屋がザワザワして眠れず。


13日
午前/
シャワー、7時以降絶飲
旦那到着、一緒に主治医から説明。
10時までアルジネートウォーター
浣腸、着替え、点滴
午後/
12:00手術開始
手術台までは自分で歩いて行き、
テレビで見かける手術室の風景。
酸素マスクされて、点滴から麻酔が入れられる。
意識遠のく。
14時頃終了
手術室で麻酔が覚めてから返されると聞いていたが記憶なし。
病室のベッドで意識戻るがまだ麻酔が効いてぐったり。
和式の寝間着、おむつみたいな産後パッド(?)を装着して
酸素管、心電図、点滴、尿管と管だらけ。
虚ろな意識なままお腹の強い痛みを感じるので痛み止めの座薬。
30分ごと(?)のバイタルチェック以外は意識が無い。
バイタルチェックすらされるがまま。
16時頃(?)母到着。様子だけ見て、旦那とともに帰る。
(ほぼ記憶が無い)
18時頃、痛みも引き、意識もはっきりしてくる。
酸素外してもらう。
うがいさせてもらったり、寝返りしたり膝たてたり。
夜通し、3時間おきの検温で目が覚める以外は、熟睡。


14日
午前/
朝方、心電計はずしてすっきり。
ベッドを起こしてもらって、歯磨き&水分をとる。
清拭後、寝間着、産後パッドから着替える。
手術中の気腹の影響で、肩が痛い。
湯たんぽを貸してもらい暖める。
ごろごろしたり、テレビ見たりして過ごす。
昼食、五分粥。
お腹がふくれると傷がつっぱって痛い。
午後/
14時頃、当日の点滴が終わり。
15時頃、尿管が抜ける。
管が全部抜けて身軽。
トイレまで歩く。
ほとんど痛みはなく大丈夫。
夕方、母がくる。
とことこ面談室まで歩いて移動。
同じ日に手術した人&その人のお母さんもいて
お互いに「全然大丈夫」と話していたところに
先生登場。
あまりに元気だったので驚かれた。
夕食、全粥
ガリレオ8読み終わる。
世界から猫が消えたなら、読み終わる。
舟を編む、読みはじめる。
ずっと肩痛い。
面会終了30分前に会社を途中で抜けてきた旦那が来てくれた。
昨日、今日で出産ラッシュがあったみたいで
向かいの病室から複数の泣き声。
新生児の泣き声ってかわいいなぁ。
どうやら生理が始まった模様。


15日
午前/
朝食、柔らかいご飯。
朝から点滴。
術中のDVD見せてもらう。
こんなに良く見えるんだ、と感動。
そして状況説明。
昼食、普通食。
午後/
父母妹妹の旦那が見舞いに来る。
が、早々に帰って行く。
清拭。
舟を編む、読み終わる。
花の鎖、読み始める。
点滴終了。
ついに完全に体からずべての管が抜ける。
肩の痛みもだいぶ良くなる。
お腹がなんだか張るので傷が突っ張る感じ。


16日
午前/
特に何する訳でもなくのんびり。
午後/
花の鎖、読み終わる。
父母、荷物取りに来てくれる。
術後初めてのシャワー。
傷口に貼ったテープがかぶれて水ぶくれができる。
母性読みはじめる。


17日
午前/
退院説明。
母性読み終わる。
退院の準備を始める。
暇なので売店まで散歩。
午後/
母が来る。
14:30頃、退院前診察。
傷口のテープはずす。
成長した水ぶくれをつぶしてもらう。
傷口よりもそっちのほうが痛い。
無事退院。
タクシーで実家へ帰る。
久々の外は暑くてぐったり。
実家で昼寝した後のんびり過ごす。


18日
午前/
旦那迎えにくる。
久しぶりの家でのんびり。
昼寝したり、ちょっと家事したり。
夕方/
買い出し。
家でお惣菜買ってきて食べる。


19日
休憩しながらのんびり家事する。


20日
昨日、一昨日とペース落として過ごしてたら
全然大丈夫だったので
普通の生活をしてみた。
ら、夜になって腹痛。
やっぱりまだもう少し安静にしとくべきだったと
後悔。
なんだか術後、ずっとお腹が丸くふくれてる感じがするなぁ。
そのうち治るのかしら。




手術総括。

一番は、手術して良かったなぁという感想。
DVD見せてもらいながら説明してもらったところによると、
左右卵巣、左右卵管、子宮、と
一帯が全部しっかり癒着してて、
それをはがしてもらったらしい。
そして癒着してた割には卵管采は無事だったようで、
ついでに卵管の通水検査もしてもらって異常なし。
癒着って全体がどろどろと赤くくっついてるイメージだったけど
実際は、薄い白っぽい膜で覆われてる感じだった。
そして左5cmのチョコ嚢胞の中身はまさしくチョコみたいで、
癒着をはがす途中で破れたところから切開、
中身を出した後に、裏返してレーザーで内膜細胞を焼いてもらった。
この後、縫うんですか?と聞いたら、
もともと卵巣はそうゆう構造(?)で縫わなくても再生して行くらしい(?)
↑説明してもらったけど、理解しきれなかった
右2cmはチョコではなく黄体(?)だったって。
左右卵巣の近くに癒着防止のガーゼみたいなのを入れてもらって終了。
お腹の切開跡(おへその下5mm、左右に8mmの計3カ所)は
縫わずにそのままテープで固定。
退院の頃にはもう表面がくっついてた。
聞いてはいたけど、開腹に比べると腹腔鏡ってほんと体に負担少なかったな、と感動。
傷口が痛いことなんてほとんどなかったからな。
医学って凄い。

事前に先生から
「今回は治療だけでなく検査の意味合いも含めてます」
と言われてたけど、確かにそんな感じだった。
チョコは、エコーやMRIでも写るからある程度の状況は予想出来るけど
癒着は実際に見てみないとわからないだろうな、と。
子宮内膜症の確定診断は実際にお腹の中を見てみないとわかりませんって
こうゆうことだったのね、と納得。
右卵巣の膿腫はごく最近指摘されたばかりだったし
サイズも小さかったので
(結果、黄体だったということは、
たまたま排卵後のタイミングで腫れてただけだったのだと思う)
状況はそんな悪くないだろうなんて思ってたら
右側も、「こりゃピックアップなんて無理だわ」と素人の私が見ても思うくらい
しっかり癒着してた。
これは、覗いてみたから確認→治療が可能だったわけで、
例えば、「左は無理でも右はチョコじゃないから大丈夫」なんて思って
手術を受けなかったりしてたら
無駄な期待とがっかりを繰り返していたんだろうなぁと思う。
もしくは、左にチョコが無かったら手術なんてしなかっただろうから
「こりゃ無理だわ」っていうびっちり癒着の状態でも
それがわからずに、原因不明の不妊に悩んでたんだろうなぁ。
そう思うと、ひとまず一番疑わしい原因がひとつ取り除けたので
良かった。
こういうことなら、2年前に半年続けてたディナゲストでの投薬治療や
その後のタイミング指導とかすっとばして
もっと早く手術すべきだったかな〜なんて思った。
まぁ、当時は手術なんて大げさだと思ってたから仕方ないし、
できればしたくないな、と思ってたからしょうがないんだけどね。
もしも、もしも、今度再発(したくないけど!)した時のふんぎりは
きっともっと早いだろうな。


 < 過去  INDEX  


しゃぼ [MAIL] [HOMEPAGE]