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窓のそと(Diary by 久野那美)
by 久野那美
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■積み上げない。
前回の日記を読んだ出演者の片桐慎和子さんが言ってました。

役者にとって重要なことは、積み上げていくことではなく、稽古のたびに、本番のたびに、毎回一から積み直すことなんじゃないかと思う。
だから、日記を読んで嬉しかったと。

別のひとから、あんなことを書いたら役者が傷つくのではないか?
と言われていたので、でも、そんなことはないはずと思っていたので、ほっとしました。だって私も嬉しかったから。

自分のやっていることに慣れることがいちばん怖い。と彼女はよく言います。同じことを続けて繰り返し稽古したくないと言いますし、効果音も、可能なら稽古のたびに違うのをかけてほしいと言ったりします。

場合によりますが、それでもいいかと私も思います。
「いまやっていることがリアルであるか(説得力があるか)」に常に敏感に反応する役者さんと一緒にやっていると最悪の事態には陥らない、という安心感があります。
カナリアみたいなものでしょうか。

「今日は、おしまいにしてもらってもいいでしょうか?」と言ってサクっと帰っていっても、毎回、次の稽古までに彼女は必ずなんとかしてきます。必ずしも良くなるとは限りませんが、でも、前回までは誰も知らなかったようなことを稽古場に持ち込みます。これはかなり感動的です。いや、私が感動しててはいけないのかもしれませんが、スリリングで刺激的です。毎回毎回、それまで考えてもみなかったことを考える稽古は、終わるとどどおっと疲れてぐったりします。楽しい疲労です。

そして、実際には、「積み上げない」というのは彼女なりの表現であって、案外、習得した結果は着々と彼女の中に積み上がっているのだことも最近わかってきました。大変誤解を招きやすい彼女の主張は、より厳密に言うと、

「積み上げたを言い訳にして、常にリアリティ(説得力)を検証し続けるべき役者の責任を放棄しない。」

ということかと思います。言い方を替えただけで、わがままでマイペースな役者が、謙虚で堅実な役者のようになってしまいました。こういうときは、よいほうに解釈しましょう。


稽古というのは何をすることなのか?
私は肝心なことをこれまでわかっていなかったかもしれません。
何かと考えさせられる稽古場です
10月30日(日)
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