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ゆれるゆれる
by てんのー
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■日記の上げ下げ、インフレのアクセスカウンタ学
日記系の経済学ってなページを見つけて、面白く読んだ。
2001年5月の署名があるから、ネット空間ではまあ古文書、ジャンクの扱いでしかないだろう。

この人の意見は意見として(表現が挑戦的で、かなり反感食いそうです)、面白かったのがアクセス数のインフレという視点。
99年の100hitは、01年の300hitに当たると言われている、らしい(だれだ言ったの)。

まあ、主観というか感じに過ぎないんだろうが、うなずけるところもある。
2年で3倍のインフレってことで、ということはさらに2年経ち、99年の100hitは今では900の価値がある、言い換えれば今1万ヒットあっても、当時でいう1100ヒット程度の実力しかない、ということになるのかもしれない。

この作者さんはほかにも「個人サイト4年寿命説」なんてのも唱えていて、これも細かい意見はともかく、実感としては分かる。

数あるウェブログ、ニュースサイトやネタサイトが鬼のようなリンク網で軒並みン百万、ン千万ヒットを回し、はてなアンテナみたいな横つながりのネットワークもがっつり足場を固めた状況で、アクセスがどうこう言うのすらもはや無意味なのかもしれない。

さてそこで、と、人生負け組の俺(と卑下してみる)は思うわけです。

インターネットなるものは、地下鉄に乗るのと同じくらいには俺たちの体に染み込んでしまった。
サイト運営などといっても、専門知識で閉じられた人たちの世界ではなく、ある程度誰にでも手の出せる状況になったと言えるでしょう。

それなら、くだらんサイトでも、低俗でも無駄でも、極端な話、パクリでも、そのサイトは「存在する」というまさにそのことによって、尊重されるべきじゃあないか、と。

ちょうど、本屋にしょーもない二番煎じ本とか、やっつけ仕事的エッセイが転がっていて、しかも商売が成り立つ程度には必要とされている(ここ大事ね)ようなものだと思うのだ。

そして、キングオブくだらんサイトである「日記系」を、果てしないシンパシーと愛着をもって讃えたいと思う秋の夜長です。

あ、書いてて思ったが、「〜系」なるネーミングの8割がたは寒気がするほど嫌いなんだけど、「日記系」は言いえて妙だと思う。

毎日記せば何でもかんでも「日記」か、というとそうでもなく、やっぱりその人なりの生活の記録(例:『断腸亭日乗』)とか、内面の告白(例:『二十歳の原点』)とか、覚え書きやネタ帳としての日記(例:読書日記、旅日記、など)といった、結局は「生きていること」の一日ごとの証明みたいなものをまとめて日記と呼んでいるんだと思う。

そうすると俺のみたいなのは愚にもつかず箸にも棒にもかからず、やっぱり「日記系テキストサイト(ほぼ毎日更新)」といったくくりが一番ぴったりくる気がする。

まあ、俺はくくりというものが全体的にあまり好きではない。

前から言っているが、科学とはつまり種類わけ、分類学であった。不明、謎、解釈不能といった単語は近代科学の敵だった。
ということは、「くくり」「まとめ」こそがこんな世界を作り上げた張本人だろう。
だから、俺はネコもしゃくしもくくるな、と思う。

俺はあふれかえる「解釈」のせいで、世界の中で窒息しそうだ。

ふははは。くだらん。くだらん。



まつだいら けん → けつだいら まん
でーもん こぐれ → こーもん でぐれ

こんなサイトに気づかないままだったとは・・・不覚。
気が狂いそうなほど笑わせてもらった。
09月24日(水)
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