ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[384791hit]
■7631,閑話小題 〜『読書』は『行動』…
* 『読書』は『行動』…
哲学、宗教書など、社会科学が並ぶコーナーを何時ものように、何かしら
面白そうなのを探しているうちに、<『読書』は『行動』なり…>の言葉があり、
後で借りようと想っている内に、何処にあったか、忘れてしまった。その周辺を
何度も探してみたが見つからない。 家に戻って、ネット上で検索したが、出て
こない。じゃあ、どんな論旨か記憶に頼ってもサッパリ戻ってこない。そこで、
それらしき本を数冊借りてきて探したが、ない。近々に現われるだろうが…
都会に出て吃驚したのが、一般教養書を読んでなかったこと。夏目漱石、
森鴎外、川端康成を購入して読みだすと、何とまあ、その面白いコト。
要するに、人生の基礎工事をしてなかったことになる。
25室のオープン・ハウスのような寮にいたため、誰かがドアを叩き、遊びに
くるが、孤独業が勉強。その読書には向いてない環境。とはいえ逆に、仲間の
知識は、面白い様に入手可能。月一は酒を持ち込むコンパ。大きな庭での円座の
大騒ぎの酒宴。…年数回の近郊のバスツアー。女子大生との共同でコンサーへの
参加。えらく出世をした先輩からの招待のスナック遊び。鳩山邸などの促しの
パーティでの壁フラワーなど挙げればキリがない。人生の合間の猶予期間になる。
学校は小金持ち中心のクリスチャン大学。帰ると、そこに苦学生も存在する玉石
混合の…それは恐ろしい世界でもある。日常も、非日常も小説のような物語が
展開されていた。学生時代は、当り…である。だから、読書が行動とは、良く
いったモノと理解が出来る。
* 以下は、56年前の日記である。懐かしいというより、自らを凝視するに良い。
読むだけでなく、書くことも、行動になる。合せ鏡を幾重も重ねた己の姿。
――――
< 2002/10/27
ある時間の断片ー7
1968年 9月21日
9時起床。11時に図書館に行く。
13時にコモンルームでゼミのフルメンバー16名が集合する。
そして八王子のセミナーハウスへ。
近年できたセミナー専用のコテージ付のセミナーハウスだ。
思っていたより敷地が広く建物が近代的なのに驚く。
メインの建物が逆三角形で、異様な感じだ。
宿泊は二人で一部屋のツウィンだ。
それぞれのコテージが違うデザインで何か異界に入ったようだ。
空には飛行機が飛び交いまるで欧州にいるようだ。
夜から早速議論をはじめる。
課題は「遊び」。
「見返りのない、何の目的のない遊びこそが遊びだ」
「創造の為に、その背景としてそれは必要でないか」
私の言ったのは「4つの1つとしての位置付けの遊び
ー「愛、創造、知性、そして遊び」であった。
何かポイントが外れているようだった。
終了後、レストランで石川とゼミの一年後輩の大島君と飲んでいると、
武澤先生がこられる。
その後夜半の12時半に寝る。
――
ー感想ー
日記を書き写していて、当時の日々がありありと思い出されてきた。
背景にベトナム戦争、大学紛争、そして高度成長期の真っ最中
でもあった。歌ももう二度とこういう時期は来ないというほど名曲が
生まれていた。
その背景を持って誰もが緊張と希望に揺れていた。
夏休みは卒論の流通革命論を書く為に一ヶ月、大阪のメリヤス問屋
に行ってきた。その後新潟県の六日町の「雲頓庵」という
禅寺に一ヶ月にも行っていた。そして自宅に帰った後の日記である。
学生時代の十数年間の総括の時期であり、
また新しい世界への旅たちの直前であった。
この卒業の直前一年は人生で一番良かったときかも知れない。
いろいろの人との邂逅と喧嘩と別れの時期でも合った。
寝ずに人生について話し合ったのが記録として日記に残っていた。
そういう意味で大学時代に恵まれていた、当時はその事に気が
付いてなかった。寮にゼミに教授クラブに友人に恵まれていた。
赤面する場面は当然カットして写している。
大学で学んだ事は、本を読む事、他人の話を聞きとること、議論を
[5]続きを読む
01月18日(火)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る