ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7477,読書日記 〜「ガブリエル哲学」とは ーA
 コロナ禍のパンデミック以来、空前の非日常が続いている。
世界的疫病の危険の中で、怯える日々。若くして感染をすれば、人生が根底から
脅かされる危険な病気。 自分か、身近の感染者の呼吸困難の姿を見ない限り、
何か他人事! 特に若者には抵抗力があり、重症化し易いため、どうしても
甘くみる。しかし、インド株で、その常識で通じなくなっても、対処は同じ。
ワクチン接種で、その危険度が5分の1になっても、さらなる危険な疫病が後続
している。細菌からしたら、これほど軟弱な対象はない。目次の内容を見るに
つけ、恐ろしさは増す。北朝鮮の核弾頭の恐喝の価値も激減した。身内を殺害
された平民でも、核弾頭の代わりにコロナ株をドローンに載せて平城の空から
ぶち撒ければ同じようなもの。これは西欧諸国のトップにも同じこと!
 核爆発保持の価値は、これで激減。
 ――
 目次 :
第1章 人とウイルスのつながり(同期化した世界/ 2019年以前の
 秩序は終焉した ほか)/
第2章 国と国のつながり(トランプの敗北/ なぜ人々は陰謀説を信じるのか)/
第3章 他者とのつながり(自己を押し付けるソーシャルメディア/ 日本人特有
 のコミュニケーションほか)/
第4章 新たな経済活動のつながり―倫理資本主義の未来(浸透する倫理資本主義/
 なぜ今、倫理資本主義なのか)/
第5章 個人の生のあり方(新実存主義の人間観/「神聖さ」が生じるとき ほか)
 ――

 ガブリエル…曰く、≪「客観的事実」というのは非常に重要であるが、
今の時代はその客観的事実を否定する「ポスト真実」の時代であると。 
「ポスト真実」の時代とは「相対主義」の時代である。「相対主義」とは、
世界のどこでも通用する普遍的な意義ある概念なんてものは存在しない、存在
するのは、土地ごと、文化ごとのローカルな決定だけだ、という考え方。
 要するに、「真実」は幾つもあるという考え方である。
「ポストモダン」の論理はまさにこの相対主義の論理であった。「相対主義者」
たちは、私たちが自明と考える価値=普遍的な価値が、時代や場所が異なる状況化
では妥当性を失い、普遍的価値を信じている人は、他の集団を支配したいだけ、
と考える。相対主義者たちの、この「普遍性」を拒絶する態度は、他者から自分
たちを分離する新たな境界線を築き、違う場所の違う文化的条件のもとで生きて
いる人の事を、自分とはまったく異なった「他者」としてみなす。
 そして、究極的にはその他者の事を人間ではない存在と考えるようになり、
この「非人間化」の考えは、ただちに暴力の正当化を生み出すことになる。
なぜなら相手は鳥や豚のようなものだからである。その非人間化の行きつくと
これまで行きついたのがナチスの強制収容所であり、現代の非人間化の典型が
パレスチナのガザ地区である。≫
 ――
▼ 科学の進展の行きつくところが、‘相対主義の世界共通の真実は幾つもある’
 になる。そこに人間的要素が、消し去られてしまう。ナチスの強制収容所になる。

・・・・・・
7083,閑話小題 〜自分も救えと縋る犬
2020年08月05日(水)
    * 映像は全てを語る
 災害地のニュース映像で、ヘリコプターで救出される家人の周りを、
必死に「自分も!」と駆け巡る犬の姿が映しだされていた。その時には置いて
いかれたが、後日、救出されたと報じていた。動物も、生死の際が分るようだ。
犬の必死の気持ちは、人間と何も変わらない。もし、助けられなかったら、
非難の嵐だろうが! いや、その映像はボツになっていた?
 ―  
    * 今年の夏は暑くなりそう
 梅雨があけたと同時に連日の熱波。これも必要のこと。冬の時節に生れた
こともあって、夏場に弱い。コロナ禍の中のマスクは厳しいが、これだけは!
甲子園野球は中止になったが、地区単位の試合が無観客で行われている。
 ―
   * 第二波の到来…
 100年前は、第二波が強烈だった。さて、今回は如何に!
流行過程で、自己変容を続けていくため、油断がならないのが細菌過。

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08月05日(木)
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