ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7412,閑話小題 〜昨日は、父親の48周忌
* 後ろ盾だった父が亡くなって48周年
本来は昨日のテーマだった…が気づいたのが書上げた後。
今日、気を新たに書くことにした。父親が在ればこその人生だったと、
つくづく思う日々。 父にとって太平洋戦争と若い時分の肺病が人生最大の
難関で、そこから、再出発をして二つの時代を生抜いた。現在のパンデミック
が21世紀の予兆とみると、100年前と同じ道標とみてよいだろう。
…これから首都圏を襲う大地震、大火災、世界大戦、世界恐慌、欧米文明
の衰退… 20世紀的な文化、文明が徹底的に破壊されるプロセスを踏むことに。
それを面白いと立向かうか…遠くから眺めるか、はっきりさせておくべき第一歩。
キーワードが
・オゾン層の破壊からくる文明の大転換。
・情報化社会の本格的到来。
・中国、インド、東南アジアの台頭。
・多宇宙論から、違った世界観が地球上を蔓延る。
・日本的「家族制度」の消滅。
・父親など故人と直の情報交流可能も。
多宇宙に移動した両親とも、この現代の有りようを信じられないだろうが、
これが現実。 今朝方、他宇宙に移動した両親に電話を入れてみた。
ソ連、中国の資本主義化、アメリカの有りよう。その中でも、未だに、
明治以来の旧薩長藩が政治の中枢を握っている驚き。地元の大手通りの街の
変りよう。そして、パンデミックが世界を覆い、社会の有りようを変えたこと。
まあ、電話をしている途中で、気分が滅入ってきたが、これが現実。
様々な御蔭で、父より既に9年も長生きをしてしまったが、が。その実感はゼロ。
・・・・・・
2020年05月31日(日)
7017,閑話小題 〜スペイン風邪とは、どんな事態
* 100年前のスペイン風邪のオサライ
スペイン風邪は、第一次世界大戦の最中もあり情報が隠蔽され、錯綜、諸説
あるため、ウヤムヤになっている… そこで、あらため、詳細を調べてみると、
悲惨な状態だった。これからして野球を例にとると、9回戦の一回の表・裏が終了、
2回表になろうしているに過ぎない。これから事業形態がと生活形態が根こそぎ
変わっていく。それに耐ええる能力勝負。
〜ネット検索より〜
≪◉ 人類史で、何度も感染症・パンデミックを経験しています。
古くは2400年前にペロポネソス戦争中のアテネで謎の疫病(天然痘説が有力)
が大流行し、多くの犠牲者が出ました。その後も発疹チフスやペストなどの
流行を経て、100年前にはインフルエンザのパンデミックを経験しています。
この大流行はインフルエンザとしては史上最大のものとなりましたが、その時の
ことが今のコロナウイルスとそっくりだと思ったので今回はそのよもやま話。
☆ どんな流行だったか
1918年3月頃から1920年まで全世界で大流行し、当時の世界人口の1/3以上が
感染、数千万人が死亡しました。この時の致死率が2.5%とされています。
スペイン風邪としても有名ですが、実はどこで最初に出現したのかは分かって
いません。当時は第一次世界大戦の最中で、どの国も情報統制が敷かれていた中、
参戦していなかったスペインでの流行が報道されたためにスペイン風邪と呼ばれ
ましたが、実際の流行が確認されたのはアメリカが最初のようです。もともと
季節性のインフルエンザ自体はあったが、この年は流行期を過ぎても患者が
出続けたためにいつもと違うことにみんなが気付き始めます。しかしその頃
には戦争の影響もあって世界的な人の往来があったことから急激に世界中に
広がっていきました。流行の第1波は1918年3月頃から6月まで続きましたが、
夏頃になると自然に収束します。この際は感染率は高かったものの、致死率は
それほどでもなかったようでした。しかし同年9月頃より始まった第2波では肺炎
などを起こして重症化する人が続出し、大量の死亡者が出たということです。
この流行は翌年3月以降の第3波まで続きますが、人類の大部分が感染と共に免疫
を獲得することで自然と流行は収束していったようです。この間、兵員輸送船で
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05月31日(月)
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