ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7396,閑話小題 〜猿が腹を抱て笑った!映像が放映されて
   * YouTube上の映像なるが故に…
 腹を抱て反っくり返り笑った映像が何とも面白い。手品を猿に見せてていたが、
途中からサルが、トリックに疑問を持ち、気づいた時の顔が何とも人間臭い顔を
していたが、それに確信した瞬間に、腹を抱て笑った表情が人間と同じ感覚。
猿が笑うのである。怒りが有るから、笑いも有って当然としても!
ケニヤの村落にも、同じ人間としての同じ日常があるのと同じ。
 ――
   * 玄関先で、猫が取っ組合いの喧嘩
 高級住宅?の玄関先で、猫二匹が毛をソバたて取っ組み合いの喧嘩の直前。
そこに二匹のゴールデン・リトレイバーが鎮座していたが、一匹が、兄弟分の
猫の背後に廻り、背中を嚙んで邸内に引きづり、その場から話そうとしたが、
猫が、犬に怒りを向けるでなく、大人しく従っていた。 犬は飼い主視線の、
<喧嘩仲裁>で何とも微笑ましい光景である。もう一匹の表情が何とも温かく、
これまた必要な存在。そこに人間の主人がいたら同じことをしただろうに!
◉ ところで、同じサイトで、人間に馴れた豹が、過って河で溺れかけたのを
助けられ、それ以来、人間を100%信頼し、従順になっている映像があった。
動物でも、同じということ。濁流の中で、似たような経験を数多く、経験して
きたが、何とも、あたりまえとしか考えられないのが私め。特に両親からは、
溺れかかったセスナに… 毎日のように仏前で御参りをしているが、し尽せて
ないのが実情だろう。死の間際のイメージは、その両親に脇を固められて、
白い霧の中で、永遠の彼方に消え去るイメージがある。

・・・・・・
7001,閑話小題 〜7000ですか!
2020年05月15日(金)
   * 7000回分の暇つぶし
 1000の大台を超える度に、感想を書く度に、ほぼ同じことを書いている自分と
邂逅することになる。年末・年始、お盆や、ゴールデンウィークなどの恒例行事
の他に、回数の区切りの感想になる。 次男に、「同じことばかり書いている」
と言われたことがあるが、自分では気づかないのである。「書く」というより、
「書き続ける意義」の実感がある。今では‘随想日記脳’が出来上がり、それに
支配されてしまっている感覚である。時どき、得体のしれない過去の自分の想念
に驚かされている。文章化して残すと、体験が経験に昇格するような感覚になる。
これが重要であろう。死んで三日もすれば永遠の彼方に生臭い風?と共に消えて
いくが、書いておけば余韻が当分、少しは残りそうな… 時間軸で、自分の変化
をみるには、千回単位で読返して自らと対峙するには良い。この稚拙な文章に、
テーマ探しから、荒書き、推敲などの数時間のエネルギーを集中してある… で、
この程度だが、TPOSの記録には最適な行為と自ら感じとれ、自らと再会している
ような親近感がある。書いてきた質量そのままが、自分になる。次の大台は、
8000回になるが、微妙だが、如何だろう? 

2017/08/25
閑話小題 〜 随想日記、6000回超え、
   * 随想日記も、6千回超え
 千回単位を超えた度に、その時々の実感を書いてきた。この16年と数ヶ月の間、
‘テーマ探し’が、遊びの柱になっている。 凡庸な者が書上げるには、膨大の
時間とエネルギーを使うしかないのが最大の利点になるが、時おり何も浮かばず、
茫然とする。 この下地が20歳半ばにあった。卒業の直後に感じたことは、
「長い人生で、多くの経験をするのだろうが、それを高めるため、現場体験や、
情報をコンパクトに纏める能力( =経験を言葉に変換し、起承転結に完結する
物語化する技能)こそが重要と… そこで会社を辞め、産能大に籍を置き、KJ
法や、創造工学の書を独学で学んで、辿りついたのが、ハガキ大のカード二枚を
ホチキスでとめファイルにし、カードに感想文などを書き、その間に新聞やメモ
を挟み、カードボックスに分類して放りこむ、システムである。それそのままが、
個人HPであり、ブログになっている 16年前に、ネット上のブログとして公開、

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05月15日(土)
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