ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7322,閑話小題 〜3・11から10年の記念日 〜1
* YouTubeをみると…
YouTubeには人気ランキング順が有って、まる10年目の時節に津波が多く列挙
される。 当時、会社清算の決断を迫られたこともあり、何か不思議な感覚に…
それでもドサクサもあり衝撃は最小で済ませることが出来たが、表層雪崩的とは
いえ、実際となると甘くはない。極度の緊張感もあって、身体が浮いたように、
手順を踏んでいた。こういう重大な決断は、NO2以外、相談しないのが決断のこと。
その内容と、個人の内奥の声を合わせて決断する。
その最終の段階の打ち合わせが終わった直後の大地震と大津波。 福島では
原子炉が爆発した深刻な事態をTVで報じていた。 上越新幹線もまた不通で、
急遽、バスで長岡まで帰ることに。 …二つが重なったことも含めて、自らが
小説の主人公になってしまったような心持になっていた。
<事前の一策は、事後の百策に勝る>の格言通りに… 万一の策を二重、三重
に取入れていたことが、大きかった。その数日後に、NHKの県内版のニュースで、
当方の倒産(事業断念)を報じたのを見て、家内は面白そうな顔があって、
当事者と、その連れあいの大きな段差を感じていた。 一般債権がゼロに近い
ため、債権者が押し寄せることもなく、弁護事務所に債権者集会の有無の電話が
一本だけ入ったと、後で聞くことになった。銀行債権のみも珍しいとか。
決断をした後も、実感は湧いてこないのである。だた、目先の手順は、思った
とおり進んでいた。具体的なケースは、創業した者の強み。事前に失敗した
場合の撤退のイメージをしていたため、撤退も事業のうち、悲壮感とか、茫然
とすることはなかった! 世の中は、あたかも末世の到来のように悲観的惨状を
報じていた。イザとなると、腹が坐るというか、目先の現象を只管、無事に過ご
すこと。ある意味で面白さを感じていた。 これまで白色だった駒が、黒色に
様かわり。
・・・・・・
30年前の3月31日を前にして
2011年03月30日(水)
* 創業30周年の日を前にして ・・
そういえば、明日が30年前の命がけで始めたホテル開業の日である。
当時の名前はベンクーガーホテル。その一月前の2月28日にホテルの一角で
デザイン学生服をオープンをしていた。いま思い出しても、良い時代だった。
一瞬で消え去る学生服メーカーのネーミングをホテルにつけるという奇抜さが
話題をよんだ。平日はホテルに集中。土日は学生服を販売する変わったホテル。
チンケといえばチンケだが。 当時は、まだ高度成長時代の真っ只中、創業前
に人材を集めるのが大変な時代。当時と現在の、時代の格差に驚きざるをえない。
ホテルなど誰も経験者がいない中で、右往左往の緊迫した日々が懐かしい。
何かにガムシャラに前に向かえば、そこには求めるもの答えがあった。
私たちは時代背景の中でしか生きることが出来ない。そして、30年後の現在、
当時より客室の価格平均が三割以上も下がっている。平均給与は数倍に上がって
いるに関わらずに。
ドルショック、バブルとバブル崩壊、2001年の9.11テロ、2008年の9・15の
リーマンショック。そして、この大震災。その中で特に日本は、その都度大きく
変動した。 自分の人生を振りかってみて、時代の要請にそって能力をつくり上げ、
成功と挫折をしながら生きていく、それが人生だった。事業は30年が大きな節目
になる。その節目がきた。
・・・・・・
3653, あと一月で10年
2011年03月27日(日)
何ごとも、一日3時間を10年続ければ「ひとかど」になるという。 で、
この随想日記を書き続けて、あと一月で10年。で、何だったのだろうか?
常に、「何か書かなければ」という心理的圧迫が感覚を磨く作用をしていた。
ここで何年に一度、書き続けている効用を取り上げてきた。
論理思考が培われたことと、読書の備忘録や、旅行の感想文、そして毎年、
同月同日に書いた文章の何年分を読み返す効用など、現在の私にとって無くては
ならない存在になっている。 常に変わったことや、面白いことに出合うと、
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03月11日(木)
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