ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6923,読書日記 〜快活こそ悟り! −6
<『老年を愉しむ10の発見』>
9章 「そのとき」を迎える心構え
10章 「生きる意味」について
――
* 9章 「そのとき」を迎える心構え
―宝石のような人生、小石のような人生―
* 誰もが通る、避けようがない道標
< 時間に限りがあることを認識できるからこそ、できるかぎり、自分の人生を
「肯定する価値があるもの」にしようとする動機がうまれる。>
◇ < 『いい人生だった』―― この一言を口にするために >
< 死ぬ日は、「特別の日」ではなく「いつもと変わらない一日」
もしも、今日が最後の日としたら、この一日は、いつもと同じにしたい。
私が愛しているのは、これまで過ごしてきた毎日なのだから。何時もと違う
のは、この日は、仕事をしないことだけだ。朝はいつものように、ベッドに
横になったまま、少しばかり瞑想をする。これは、私なりの宗教だ。
時間をかけて、シャワーを浴びた後で、自分でミックスした特性のシリアル
食品を食べ、新聞を隅々まで目を通す。それから、行きつけのカファに一軒
に行き、好きな種類のコーヒーを飲む。 そして、コーヒーとともに普段は、
注文しないチェリーケーキを味わう。 まだ、時間があるので、私が属して
いる種族にもっとも近い親戚と最後に一度会っておこう。そう、動物園の猿の
いるところだ。そして、今さらだが、私たち人間が彼らに似ているかに驚く。
最初は僅かな差異だったが進化の過程でしだいに大きくなり、やがてはっきり
目立つほどになった。人間が猿と違うのは、たとえば、つねに異なるものに
対して憧れを抱くことであり、それに駆り立てられて、人間は、この世の中へ
と出てきたということ。>
―
▼ 15年程前、ある病院に知人が入院した時、何か理由を付けて最期まで見舞った。
その病室は最上階にあり、上の病室ほど病が深刻。サラ金ビルの階層と同じ。
知人は、その一番、危なそうな看護受付の前。 そこに通う度に、その部屋の病人
数が減ったり、病人の顔ぶれが変わる。そこでも、普通の生活が淡々と続いていた。
カウンターの奥に無菌室が10数質あり、近くの病室の住人の近々の移動先。
その中に知人が移動をした後、そこに入室したが、ビジネスホテルのような小部屋が
両側に並んでいた。苦痛で7転八倒する断末魔の喚き声が、聞えないように防音完備。
――
* 10章 生きる意味について
泰然とした落ち着きとは、「自分は無限性の中に抱かれている」と感じることで
あり、そう考えることにある。大切なのは「終わり」が近づきあるときに、自分と
いう存在が有限であることと折合いをつけることである。 …「死」とは、世俗的、
宗教的のどちらの意味でも、「超越を経験する問い」だ。重要なことは、人がそれ
ぞれ〔「死」というものを自分自身にどう言い聞かせるか〕ということだ。
それこそが泰然とした落ち着き」へ至るための10のステップだ。
『有限の生』向うに広がっている『無限の次元』に向けて、人生を開放することで
あり、少なくとも、無限の次元に心を描くことだ。
たとえば、死が近づいたときのように、極度に弱った瞬間にこそ、人間はある
「意味」に包まれていると感じることができる。その意味は、『有限の生』が、
そこで途切れるのでななく、無限の生に繋がっているものと教えてくれる。
そのような『意味』が存在しうると教えてくれるのは、
・熱狂的経験をする時
・熱狂的な官能な経験をする時
・感情的に強く揺さぶられた時、
・実りぶかき思考の旅をする時、
・奥深い会話や、読書を楽しむ時などである。
あるいは、遊びや仕事に没頭する時に、あらゆる種類の「フロー」を経験したり、
夢のような時間を味わったりする時などもそうだ。
―
▼ 夜半に目が醒め、一種のフロー状態になり、これ幸いと「白い雲」に乗った
イメージで過去を遊泳をする。…これが面白い。 他宇宙から細い管を通って、
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02月27日(木)
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