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堀井On-Line
by horii86
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■6545,読書日記 〜人生における読書の効能 〜4
『本を読む人だけが手にするもの』藤原和博(著)
* 読書は私の人生にこんなに役立った(第三章)
若者向きに書いているので、このような言い方になるなるのだろうが、
『人生における読書の役割とは?』が適切な問いかけだろう。それを軸に、
青少年期を振返ると、成るほど、人生の「どん底」時に縋るように読んだ本が
自分を支えてくれ、精神の滋養になっていた。それらが、精神的支柱になり現在
に至っている。そして、それらを抱いて死んでいく。
…次々と襲いくる挫折感。そこで自分の弱さと直面する。その時、書店や
図書館で見つけた本で魂が救われたことしばしば。何の手がかりも見出せない中、
フッと灯を、先人の言葉、行蔵の中で見出し、独り言を呟きながら嚙みしみた
言葉。それが重要な分岐点になる。学生時代、新たな門出に向って気持ちが
大揺れの頃、ロマンローランの『ベートーヴェンの生涯』の
「悩みを突き抜けて歓喜に到れ!」
「 良くかつ高貴に行動する人間は、その事実によってだけでも不幸に耐える
ことができる」。
聴覚を喪失しながらも音楽家として最高の成果をあげた人物。
狂人と天才は紙一重そのままの人生を過ごした大作曲家。
ロマンローランで想いだすのが、
<もっとも偉大な人々は、人に知られることなく死んでいった。
人々が知るブッダやキリストは、第二流の英雄なのだ。>
金沢時代の25〜6歳の頃、大本教を知った。その生々しい重厚な教義をモデルに
した高橋和巳の『邪宗門』も、気持ちがどん底が故に人生の何たるかを垣間
見ることが出来た。学生時代の前半に、新約聖書、日本純文学書を読み込んで
いたことが、長い人生で非常にプラスに働いていた。最後は独りだけ…
「経験と知識と情報」の質・量の総計と、両親からの血筋が、その人そのもの。
それと、触媒の質も… 更に挫折という節目も。その限界の眼鏡で、私たちは
世界を感じ、考えているに過ぎない。殆ど知らないで、何も味わうこともなく、
小さなミクロの粟粒が、膨大の宇宙の中で彷徨い、浮いているだけ。読書は、
それを教えてくれる媒体。司馬遼太郎シリーズ、海音寺長五郎の『天と地』
『孫子』。などなど、独り自分の世界に閉じ籠って孤高になる時間の快楽。
それこそが人生の滋養である。
<達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ>
の 禅言葉もある…
・・・・・・
3977, 人生を振り返る時節に
2012年02月14日(火)
還暦を過ぎ60代半ばを越えて、そろそろ人生の整理に入る時節に入った。
一年近く前に会社も倒産し、事業人生を終えてしまった。後悔も、未練も全く
ないのが自分でも不思議である。しかし時間に余裕が出来、気持ちも落ち
着いた現在、人間は時代の波に漂う存在でしかないことに思いやられる。
出身の長岡市が生まれる直前の戦災で、両親も含めた我家全て焼け出された。
子供の頃の記憶は3歳位から始まるというが、私は生後三ヶ月から始まっている。
大人数の中で育ったこともあるのだろう。 長岡の商店街の真っ只中で何時も
独りで遊んでいた。その習性が、そのまま現在に至っている。 幼児の頃から
住み込み従業員と10人の家族の中で、常に周辺の人の顔色を窺っていたが、
それが刺激的であった。そして年齢を重ねるのと同時に、経済が成長していく
右上がり社会で、その豊かさを享受してきた人生だった。それも20年前の
バブル崩壊で、一挙に右下がり経済になり、それと正比例した引き潮に私の事業
も浚われてしまった。それでも66年を振り返れば、ベストの時代に生きることが
出来たと両親に国家に天(運命)に感謝している。人生の満足度では90点以上。
しかし振り返るとフラッシュのように恥ずかしい場面が次々に思い出される。
それでも嫌なことより、良いことが数倍あった実感が気休めになる。
時代と家庭に恵まれて、社会に出てからも独学を続けてきたこともある。
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02月14日(木)
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