ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6346,映画鑑賞 〜『コード・ブルー』
   * 医療医師搬送用ヘリ 〜『コード・ブルー』
 一昨日のシネマは、フジテレビの大人気ドラマ『コード・ブルー』の劇場版。
昨日もTV版の新旧作が昼(旧作)、夜(新作)に放映された。しかし、録画を
したが、再び見る気になれなかった。10年近く放映されたシリーズモノというが、
この映画をみるまでは、存在すら知らなかった。家内は当初のシリーズから見て
いたというが… 救急ヘリとは、救急患者搬送用のヘリと思っていたが、医師と
救急医療用具を現地に運び、手当てする野戦病院のようなシステム。
 毎朝、信濃川西側の土手に隣接した日赤裏に、数年前に出来たヘリ格納庫と、
ヘリポートを右手に見ながらチャリ散歩をしているが、こんなシステムかと、
改めて認識をした。ヘリ・ドクターが駆けつける現場は大災害が自ずと多く、
その場で、外科手術に近い治療を行う。
  〜まず、その内容から〜
《 3週間後に、藍沢はレジデントとしてトロント医大に派遣され、緋山は 
 周産期医療センターへ―。藍沢、白石、緋山、冴島、藤川は、これが「別れ」
を意味することに気づきながらも、多忙な日々を送っていた。そんなある日、
旅客機が乱気流に巻き込まれ多くの乗客が負傷する大事故が発生し…。
次々と襲ってくる困難に向き合いながら、彼らは命の尊さ、仲間や家族の存在
について、改めて考えさせられる。そこで導き出された答えは…。》

▼ 生き死にの重症、重体患者の現場には、様々な葛藤とドラマが生まれる。
 他人事のドラマとしては興味本位で済まされるが、何時なんどき、自分が病で
倒れて不思議でない何でもあれの年齢である。映画、ドラマとしても、その生
なましさは正視できない。「老いるとは病である!」を、日々、実感しているが、
人生とは残酷なもの。 知人の見舞いに秋葉原の総合病院のロビーに数時間、
居たことがあった。そこには、有名医師が多く居る為か、全国と、都内から様々
な人が行き来する。その具体的な話を知人が具体的にロビーで聴くことになった
が、そこは非日常の人生の戦場のような世界。その圧縮されたのが、救急ヘリと、
現場と、医師、看護師と、患者になる。
 < 達磨さん ちょいとこちむけ世の中は 月花雪に酒に女だ >が道理と、
つくづくと実感する世界。 死が恐ろしいのは、楽しみの絶対量が、あまりに
少ないため。悩む時間があったら、目先を愉しむこと。 他人様の粗探しより、
自分の愉しみを探すこと。自分自身に言えることだが。
                          評価:90点
・・・・・・
5249,哲学は生の芸術だ 〜ニーチェ「超」入門〜
2015年07月29日(水)
              〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著
   * 哲学は生の芸術だ
「その人の生き方が、哲学そのもの」とすると、その人生が芸術作品になる。
それは人生を俯瞰すれば、わかる。ということは、志、信念、信条が、その人の
シナリオになる。生き様が、そのまま芸術作品ということになる! 〜p19
≪ ・・哲学は「真理を追求する」学問だと考えられている。高校の倫理社会
 の教師や大学の先生たちが教壇の上で今でもそう言っているし、簡単そうな
哲学解説書にもそう記されているので、みんなそう思ってしまう。
 ところがだ、二ーチェはまったくそんなふうには思っていなかったのだ。
「哲学は論理の正しさがどうのこうのというものではないし、そもそも
哲学は学問ですらない」とニーチェは考えたのだ。
 ニーチェは、哲学は人間が今ここに生きるべき生の本質だと考えた。
生き方が哲学だと思っていた。真理がどうのこうのではなく、まず生き方を
二ーチェは重要視する。だから、論理が正しいから真理だという考え方はしない。
 この生き方が人間としてまっとうかどうかということを問題にする。
このまっとうさとは、社会的、倫理的、宗教的な真摯さの意味ではない。
人間本来のまっとうさを具現化しているかということだ。
 だから、人間はどうあるべきかということをニーチェは生涯をかけて考え、

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07月29日(日)
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