ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6323,閑話小題 〜今年も半期の終了 −5
    * 〜スイス 名門寄宿学校〜 2 ―『ボー・ソレイユ』
 人生を振返り非常に恵まれていたと思うが、特に学生時代が充実していた。
昭和40年代前半で、ベトナム戦争と、経済成長が急激の右上がりの真っ只中。
現在からみれば時代格差もいいところ。その中で、500坪ほどの早大・事務局長
の庭先に「くの字」の男子学生を中心にした寮生活。「くの字」の真中に炊事場と
洗濯場があり、両側が出入り口とトイレがあった。床は土間で、個室で鍵が付いて
いた。寮生には、秋田、福島、新潟、九州、石川など全国から様々な職業の子弟で、
早大が半数と、その他の大学に通っていた。一年もすると、数人の学生と旧知の
仲のように親しくなって、それぞれの部屋にフリーパスのように、出入りするのが
当然という雰囲気になっていた。そこで知らされたのが、読書の絶対量不足。

 2年生まではクラブと、この寮の学生が交流範囲。しかし、2年後半からは、
3ヶ月に一度の軽井沢の友愛山荘のアルバイトが、加わっていた。軽井沢の山荘で、
私以外の海外旅行の計画話を聞いて、「自分も」と、一大決心をして3年の夏休みに
1ヶ月間の欧州ツアーに参加し、別世界を垣間見た。さらぶ別次元の家柄の子弟とも
親しくなったことと、その因縁で、4年時に、『武澤ゼミ』に参加することになった。
その年次ごとに、アップスケールを着実にしていたことになる。
 それぞれの時期に知り合った友人とは現在も交遊が続いている。様々な世界に触れ、
様々な友人と知り合えたことは、何にも替えがたい経験となった。とりわけ、何人か
の教授との出逢いが大きく人生を左右した。それがあればこそ、11〜18歳までの
多感の時節の寄宿舎の内容に、ひたすら、関心してみていた。

 オープンハウスと、シェアハウスを加えて二つに割ったような寮生活(自炊…)
と、クラブ、そしてゼミは、それぞれの共同体そのものが、共同意識として、
良い意味で自分を支配し、レベルアップさせる働きしていたようだ。
 学生時代に大きく培われるのが、『自主性』と、新しい世界への『挑戦』と、
『平等』と、『変化』への果敢な精神。新たな経験と知識を、夜を徹して酒を飲み
かわし、語り合う。そこで、自分と、この私の世界の小ささの認識をすることに。
そして、外に平がる膨大の世界への直感。スイスの山麓で、ベストの仲間たちと、
先生と、ベストな食事などの環境下での8年の寄宿生活。この効果は無菌なるが
故に絶大になるのだろう。

 進級する度に、一つずつ世界が広がっていった学生時代。『ボー・ソレイユ』
にも、世界各地の秘境ツアーが紹介されていた。この年齢で、世界各地の絶景が
もたらす精神の効果は絶大のはず。現在、アフリカ、中近東からの難民が地中海
の波間を彷徨っている。あまりにも世界は、格差が大きく開いていく。
王侯・貴族の世界を知っておくのも、悪くないという話の一節! それぞれの
背中のリュックには、多くの行蔵が入っている。あの静かなスイスの寄宿生活
には、はち切れんばかりのエネルギーが迸り出ていた。
    
・・・・・・
5591,私の人生で出あった大断層は
2016年07月06日(水)
   * 私の人生で出あった大断層とは
 日本の断層といえば、戦国時代、明治維新、太平洋戦争の敗戦、そして、
バブルとバブル崩壊による日米経済戦争の敗戦である。敗戦直後に生まれた
私にとっての最大の断層は、ソ連・東欧の崩壊と時を同じくしたバブル崩壊。
 アメリカによる日本潰しだったバブル崩壊について、あまり語られないが、
太平洋戦争敗戦に比する経済敗戦。あれ以来、大規模な金融再編、大型スーパー
や百貨店の倒産、西武鉄道グループの銀行管理などが連鎖して起こった。
 その結果、資産デフレが、10年、20年かけて、じわじわと日本経済の体力を
奪っていた。2001年の9・11テロ、2008年のリーマンショック、2011年の3・11
大震災が、更に加わった。そうこう考えると、地方の一中小は、他動的な、
思いもよらない大波に飲まれたら一瞬に消え去るしかない。 私の事業も、

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07月06日(金)
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