ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6309,読書日記 〜「知」の読書術
<『「知」の読書術』佐藤優著>
* 電子書籍専用端末は別物で持つべし
この本の圧巻は、
第二部の「知のツール」の活用法 ー第五章 私が電子書籍を使うわけー
電子図書関係への提言である。
≪ ・まず、本は紙で読め。流し読みや復習は電子書籍専用端末が適して
いるので、両者の併用を勧める。
・タブレットと電子書籍専用端末は別物で、電子書籍を真剣に考えるなら、
迷うことなく専用端末を買うことを勧める。そのメリットは、「ネット断ち」
が可能になるため。どうしてもネットサーフィンなど、他のアプリに…
・過って読んだ本、つまり二冊目の本を買うことです。端末が、「携帯図書館」
になるから。携帯化にはさまざまなメリットがある。これを持ち歩くと、
何度も再読が可能になり、理解が深まり上に、知識が定着しやすい。
著者は、『カラマーゾフの兄弟』をキンドルに入れて、時々読んで、最大の
山場である「大審問官」について正確に話すことができるようになった。
・また自発光でないので、目が疲れない。
・電子図書は「流し読み」にも向いている。平凡社の世界大百科事典を電子辞書
で持ち歩く。
〜教養にカネを惜しまない。
◉ 教養とは生き残るために必要な知恵のことですが、インテリジェンス=教養
ではありません。知性や理解力に訳されるインテリジェンスは、極論すれば
ゴキブリや猫に対しても使える概念です。 しかし人間にしか使えない知恵は、
知識に裏付けされてなければいけない。教養とは「知識に裏付けされた知恵」です。
知識に裏付けされた知恵を持つということは、考えを言語化できるということです。
―カスタマー・レビューより―
【・そもそも教養というものは、著者の言うところの「情報」や或いは「経験」
に触れる積み重ねの中で自らの頭で考え、得られたものを言うのであって、
いわゆる教養書と言われるものを読んだから「教養」が得るわけではないはず。
そのときに得られた(と思い込んでいる)「教養」なるものは、単なる「受け売り」。
「教養と情報」の差異よりも、むしろ強調すべきは「教養と受け売り」の違いで
あろう。著者の言うことを真に受けるなら、その教養書を書いた人間の「教養」は
一体どこから得たのかという話になる。こういうところに著者の詐術が潜んでいる。
・また、著者が勧めるようないわゆる教養書はかなりクセの強いものが多い。
大して知識のない人間がいきなりそのような本に接すれば変に影響を受けすぎて、
自分の基礎になる考えがそれによって固まってしまう可能性がある。そして、
そもそもの話で言うなら、情報を集積してそれを自らの頭で分析・解体・統合
(=教養化)することのできない人間が、無理にお仕着せの教養などを身につける
必要はないのである。「マルクスを読んでマルクスを疑う」くらいの知的能力の
あるもののみが教養を身につける資格を有する。 マルクスを読んで「なるほど
なあ、資本主義反対!」などと納得してしまうとしたら、その知識は単なる
「受け売り」であって「教養」とは言わない。
教養とは疑う力である。自分で考える力のない人間が教養書を読んだところで、
色眼鏡で世の中を見るようになるだけだ。】
―
▼ 私の読書録など、受け売れでしかなかったのか。しかし、タドタドシク、
書込み、記録し、繰返し読みかえすうちに、自然と身についている実感はある。
誰もが最初は受け売りしかないだろう。
・・・・・・
4480, 宇宙に外側はあるか
2013年06月22日(土)
ー内容紹介ー 「宇宙に外側はあるか」松原隆彦 (著)
◎ 私たちの住んでいるこの宇宙がここに確固として存在している、
つまり唯一絶対の存在である、ということは疑いようもなく当たり前の
ことだと思われるでしょうか。実は、現代の物理学の知識をもって
この宇宙を眺めてみると、そんな基本的なことさえも疑わしくなってきます。
いま、人類の宇宙を見る目は大きく開かれつつある。宇宙の何がわかって
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06月22日(金)
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