ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[393238hit]

■4841,「事業人生を決心して45年」の語り直しー15
   * 40年前の御家騒動の顛末
 父は全てを知って、自分亡き後は、<私と、実兄と、姉夫婦が、平等の立場で闘え!>と、条件を整えてくれた。
当時の姉夫婦との経験差が歴然としていることを憂慮、姉夫婦にハンデを与えるため、生前贈与をしてくれていた。
姉夫婦にとって、二人分の権利をアテにしていたが、姉一人分だけだった。それが大きは不満だったのを見てとった。
父にしてみれば、年に当時の、一千万近い社交費を数年来、使っていた姉夫婦に怒りが蓄積をしていた。
父は親戚など幾つかの遺産争いの仲介を頼まれ、その実態を熟知していたため、生前贈与をすることで、姉夫婦の
独占を防いでくれた。 私には『これは御前の為!』と、こっそり教えていた。 『専務は補佐としての運営能力があるが、
経営能力はない!』とも。それに私は、『以前から商売の本質が解ってないことを、自分も見抜いていた!』と、答えていた。
 争いが起きた時点で、ジャスコ、いとはん、の勤務と、千城台ビルと、養老乃滝とベーカリーの立上げを含めた6年で、
創業のベース(無心で全てのエネルギーを計画に叩きつけるベース)が出来始めていた。さらに、目標に対する
自己能力の限界の設定と、不足部分の見極めと、その補充手順を身に付けていた。 更に、それを楽しむことも。 
 「いとはん」でドルショック、「千葉の千城台」で石油ショックを経験。震災クラスの歴史的事件が長期投資には、
必ず起こる前提で計画をたてておく必要性を肌で感じ取っていた。 そのため長期投資のビル建設では、
「建物は売り前提に、(建設単価が高くても)買い手の用途変更を前提にした設計をすべく、柱を壁側に置くか、極力
少ない、スケルトン可能な鉄骨鉄筋にすべし」が、父の極意。 これを書いて気づいたのが、千城台ビルは父が私を
通して造った最後の仕事だったこと。 父は、太平洋戦争で長岡空襲(ブラックスワン)で、ほぼ全ての財産を失った
経験から、常に時代の激変を前提に計画を立ることを知っていた。それがスケルトン可能なビルの設計と、
建設になっていた。それもあって、三年前の物件など、私の手がけたビルは、売りに出すと即売になった。
それもこれも、父の魂が宿っていたからである。 それでも三羽のスワンの到来で一瞬のうちに飲まれたのだから、
諦めもつくというもの。  この先、スワンが何羽も先に控えての『東京オリンピック』。 幸あれ!である。
主要各国は、それを知って、何処も手を上げなかった中での、これ。 絶対的ミスを、石原、阿部コンビがしてしまった。
 話を戻すと、次は実兄と義兄の衝突!それも姉夫婦にとって計算の上!が見て取れた。 その渦中、急遽、母親から
長岡に呼び出される。
『私の持分の株式と、本店の私名義の不動産を私に譲れ! その見返りに、千城台ビルと新潟駅前の更地を与える』と・・ 
何の事か、直ぐに理解できなかったが、姉夫婦の次の戦術に母が乗せられたことを悟る。戦中戦後と父親と苦労を共にした
母が身を引けというし、悪くない条件。 その場で即断。直後に、名義変更になった。 が、それでは話が収まらない。
・・・・・・
4474,最悪の結果に隠された、お宝は?  ー2
2013年06月16日(日)
   * 「時代と事業からの引き時のサインと、決断!」が、奥の正体
 先回、「最悪の結果云々」と書いたが、私の人生から見れば、最善の結果とも解釈出来る。 
まる三十年の最終日の記念日に、偶然としても事業を終え、一年もしないうちに六つの抵当物件が売れ、金融負債以外は、
ほぼ負債ゼロ。 「早々に隠遁の生活に入り、老いと死に準備に本気に入るように!」と、65歳を区切りにするため
三羽の黒鳥を遣わせた。これが人生からの私への贈物。 勝手に隠れたお宝の正体と正当化と見てとれるが・・・ 
 創業時点から(万一を考えて)親戚や家族には一切、事業には入れなかった。長期装置産業のため、大きな変動を
幾つか乗り越えなければならない。そこに、家族を入れると共倒れのリスクが出る。その時が身の引き時と思っていた。 
結果として順調の状態で息子に事業継続するより、この方が良かった。(そう思うしかないが)

[5]続きを読む

06月16日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る