ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4839,「事業人生を決心して45年」の語り直しー14
    * 父の亡くなった直後の夢で起こった魂の融合!
  ここで何度も書いてきた、父との魂の融合の経験の内容から
《 ー平成04/07 霊的体験 ー <社内報のレポート>より
 二十年近く前になるが、父の死後49日法要が終わるまで、何度か不思議な体験をした。死の数日後に妙な夢で、
私自身が父の気持になり“死にたくない、もっと生きたい、生きたい”という“念”になった夢。そして夢よりさめた時の
妙な気持。 私自身が父になってしまった。いや私自身(父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。
 夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しみが伝わっていた為に“念”が自身実感できた。
夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と融合した不思議な実感。この感覚は経験しなければわからないはず。
更に数日後の夢も強烈な夢であった。夢で強烈な恐怖感がおそってきた。その時は、父のベットで寝ていたが、
“おやじ助けて!”と言ってしまった。と同時に廊下の向こうにある仏間より強烈な“引力”が全身をひっぱった。
その瞬間、ベットにしがみついたが、隣のベッドに寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。全身汗びっしょり。
まだまだ不思議な事が多くあった… あれ以来(最近は少なくなったが)幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった・・》
 何故、これを取り上げたかというと、姉夫婦との対立は、父と姉夫婦に根があった。父親は、典型的明治生まれの、
質素倹約が基本にあるが、派手で湯水のように社交費を使う姉夫婦と深い溝があった。絶対的な父のサブとしては
義兄の能力があっても、トップとして疑問を感じていた。 父は、中学と高校時に私を二度、仕入れに同行させていた。
将来のための実学のため。それと、子供時代より実家の転業と、商売の現場を体感していた。これが急遽、本店を任され、
何も知らない仕入れや、経営に大きく役に立つことになる。父の魂が現場に再起して私に成り代わったようでもあった。
 まず産地を歩き、情報を集めること!が、コツ。 父が特別教育と、千葉の千城台ビルの土地購入から、立ち上げの
過程を見れば、姉夫婦が不安になって当然。
 ところで、養老乃滝の開店のドサクサに、姉夫婦が父の遺留分の財産を、母と実兄と私の相談なしに勝手に処分、
その上、白紙委任状を送りつけてきた。父の遺言状が何時の間に蒸発。その上、母に、義兄を(遺言に反して)社長に
するよう執拗に依願。それを受けてしまった母に私が激怒の電話。と同時に姉夫婦への対決を決意する。千葉での
相方(親戚筋)から、気を許して話した本心が姉夫婦に筒抜け。それが拍車になってもいた。地元では実兄に対する
陰湿な追い出しが本格的に開始していた。 のんびりした兄に、従業員の総スカン!露骨の針のムシロの中、怒りの
電話を何度も私にしてきた。 父が生前贈与をしていた私たちの資産の実質乗取り劇の、開始である。 
・・・・・・
4472, 余命半年 ー6
2013年06月14日(金)
   *「余命半年」の前に待ち構える、10年間の介護か寝たきり! 
「もう治療の余地がありません。あとは内科か、ホスピスに行って下さい」という三行半の後、「余命半年」と宣告されるのは。
死刑宣告に匹敵する最も恐ろしい宣告である。 最期はホスピスで5%、自宅10%、それ以外は病院で亡くなるという。
その宣言を受けて恐怖に身を悶えながら死んでいく人が数人に一人というから他人事ではない。 幸運にも、そうでない場合、
「男性が9年、女性が12年間も、病院か、介護を受け亡くなっていく」現実が待っている。 
 80歳過ぎなら分かるが、平均としても70歳過ぎで、半数が介護か寝たきりとは、驚き。それからして余命を告げられ早々、
亡くなるのも一つの道。 女性は男より生死に対して現実的で、未練は少ないという。 死ぬのも大変だが、生き続けるのも大変。
更に大変なのは、「90歳過ぎても心身がシッカリしている方が大変」と、親戚から聞いたことがある。 
 団塊世代が、あと数年で古希(70歳)になるが、大きな社会問題になる。 植物人間になり管につながれ生きているより、

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06月14日(土)
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