ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4429, 「死ぬのが怖い」とはどういうことか 
         ー「死ぬのが怖い」とはどういうことかー 前野 隆司著
   * 死の恐怖を克服する七つの登山道とは
 人生で最大の難関が最期の死。ここには、死の恐怖を克服する著者の椎奨の七つの登山道が書かれている。
スッと、眠るように死にたいが、そうは簡単にいかない。 長生きすれば「死に損ない」と言われそうだし、癌で、あと一年、
数ヶ月と区切られ悶々と死んでいくのも厳しい。現に父親が、そうであった。一年間、傍にいたので、それが直に伝わってきた。 
砂漠の真只中に置かれたような生の渇望の乾きは残酷である。実際に、その立場に置かれて経験しないと分からないこと。
死の恐怖の克服法は知らないより、知っていた方が遥かによい。生への渇望の克服など無理といえば無理。肉体的に精神的にも、
のたうちまわって死んでいくしかないのが実態。だから恐れる。著者が死への登山道という表現は言い得て妙である。 
  ーまずは、7つのルートとはー
ルート1  心が幻想だと理解する道(脳科学の道)
ルート2  すぐ死ぬこととあとで死ぬことの違いを考える道(時間的俯瞰思考の道)
ルート3  自分の小ささを客観視する道(客観的スケール思考の道)
ルート4  主観時間は幻想だと理解する道(主観的スケール思考の道)
ルート5  自己とは定義の結果だと理解する道(自他非分離の道)
ルート6  幸福学研究からのアプローチ(幸福学の道)
ルート7  リラクゼーションと東洋思想からのアプローチ(思想の道)
 ▼ 次回から、それぞれのルートの要点を書き出してみるが、最近読んだ、「宇宙は本当にひとつなのか」と、
  「宇宙は何でできているいるのか」(村山斉著)を読んで、この宇宙の他に、10の500乗の宇宙が存在している
  可能性があると知り、単純だが、自分の人生も、死も、大した問題でないことを改めて知った。 これはルート3の、
  客観的スケール思考の道になる。 この7つのルーツの道を繋ぐと、
 ≪ 人間の心は、本来幻想。人の一生は宇宙的スケールでみれば、瞬時でしかない、直ぐ死ぬのも後で死ぬのも同じ。
  また微細な存在。知情意で捉えている時間も幻覚。自分という枠組みも定義で変わるもの。恐怖が幸福の対角にあるとし、
  その幸福という感覚も幻覚。ただそれだけのこと。≫ ということになる。般若心経そのものになる。だから、
  死に直面すると、写経を始めるのは効果がある。こう、まとめると、各ルートを歩くのが面倒に思ったが、よく読むと、
  道筋には含蓄に満ちた景色がある。目先の死を知ってから、それまでの一生分を生きるのだから、学び足りないのは当然。
・・・・・・
4055, 一個の人間の顔、それは一つの象形文字
2012年05月02日(水)           
                 ー 「人生を励ます黄金の言葉」中野孝次著 より
≪ 「一個の人間の顔、それは一つの象形文字だ。ある神聖な、明確なしるしだ。なかに魂の現在があらわれている。
 動物だってそうではないか水牛がものを咀嚼しているとき、その顔を見てみたまえ、鷲の顔を見てみたまえ、犬の顔を見てみたまえ。
一個の人間の顔の中にはっきりした意欲と決意とがあらわれているとき、それは一個のばらばらな意欲と決意という以上のものだ。
そういう顔をぼくの夢想の中のドイツ人は持っていた。どれも一息つくより短い夢の間にすぎなかったが。 むろんぼくは、
ぼくに向って吹きつけてきたその未知の人物の顔を必ずしもいつも見たわけではない。(中略) だがともかくそういうとき、
ぼくはそういった顔を内側から見たという気になったものだ。『 わたしはこういう人間だ 』と、それらの顔には書かれていた。
そして今ぼくはこの四ヶ月というもの、現実の人間の顔を見ているわけだ。 なにもぼくはかれらに魂がないなどというのではない、
魂の光は一再ならず閃き出るのだが、それがすぐまたふっと消えてしまうのだ。鳩小屋の鳩と同じことで、強と弱、近いものと遠くから
持ってきたもの、卑俗なものと高貴なものとの、永遠の入ったり飛び立ったりなのだ。 あるのはざまざまな可能性のそういった

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05月02日(木)
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