ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4367, 歳を取りそこねる人たち ー1
「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち」春日 武彦 (著)
あと一月で一線から退いて二年になる。そこで実感したことは、「人間は思い込みを対象に貼り付けているいるだけ」
ということ。 その最たるのが老人。小さな岩場の中で老いてしまった姿が一つ間違えば自分? そう思っていた矢先、
この「老いの見本帳」のような本を見つけた。 小説やエッセイの中の50人位の老人を取り上げている。還暦も過ぎ、
あと三年で古希になる。還暦に驚いて、フッ気づくと、もう目の前に古希が迫りつつある。中年も、初老も過ぎたのだ。
そこで気づいたのは老人の姿である。 まともなら良いが、老いに翻弄され、押しつぶされている悲しい姿が見えてくる。
そして私も、その一人になろうとしているのか・・ ーまずは、この本の「内容紹介」よりー
【 =老いることは、むずかしい……「若さという神話」への無自覚で強迫的な執着は虚しい。ならば、望ましい「年寄り」の
適切なモデルはあるのか? 歳をうまく取れないために生じる恥、勘違い、いかがわしい振る舞い。老人の不安に向き合って
きた精神科医が、臨床現場での知見と数多くの文学作品の読解をもとに、老人の心に迫る。哀しくもおかしな老いの見本帳。=】
ー 以下は、この本の要旨を説明した箇所 ー それにしても、老いるということは、悲しいことである。
≪ あえてわたしは本書で、自虐的な、マゾヒスティックな、げんなりするようなことに目を向けてみたい。
そして少しばかりの喜びにも。大人が若者をつい十把一絡げに論じてしまうように、老人もまたステレオタイプにしか
把握されない傾向にある。もっと繊細な、もしかすると文学の形でしか掬い取れないような局面、老人ならではの異形さや闇、
あるいは意外な喜び、そうしたものへも触れなければ隔靴掻痒の老人論しか語られないことになる。だから本書を読み終えて
嫌な気分になったり、こんなことをわざわざ書きやがってと、眉を裂める人もいるかもしれない。それは重々承知である。
しかし、人生なんて坤き声をあげたくなるようなことの連続ではないか。ましてや老いたらそれはそれで独自の当惑や
「釦の掛け違い」、恥や失望や悔しさが待ち受けているに決まっている。ならばそのようなものを、まずは他人事として
味わってみるのも一興ではないか。それが入生の参考になるとか他山の石になるといったことではなくて、ああ、こういった
ことってあるかもしれないなあと思ってもらえれば十分である。あるいは意地悪な楽しみであっても構わない。
気負った言い方をするならば、種々様々な悲しみや煩悶や屈託を見知ってこそ我々は豊かになれる。その上で、若作りをする
初老期を笑うのも結構だし、共感を寄せるのも結構ということ。≫
▼ 老いてきて、ゾッとする様々な悲しみと煩悶と,味わい深い喜びが覆い被ってくるとは予想外であった。現役の時は
直視しないで済んだが、岩場に留まるようになると、周りの老醜が嫌でも見えてくる。そして、知らないうちに自分も、
その一員になっている。予め様々な老人の異形さや闇と味わいを知識として知っていた方が余裕を持てる。
『百里の道は九十九里をもって半ばとす』という諺があるが、これは「晩年の心がけ」ということを、しみじみ実感する。
・・・・・・
3993, 閑話小題
2012年03月01日(木)
* ペットのインコ
雀ぐらいの大きさのルリハインコのピーが我が家に来て一年あまりになる。 前のインコの存在感が大きくケタタマシかったので、
今度は小さな大人しいインコにした。 とにかく可愛い。少し攻撃的だが人懐こく、常に鳴き声で呼びかけてくる。そこでガラス越しの
ベランダに目をやると、止り木でデスプレイの連続回転を続けて7〜10回はする。とにかくかまって欲しいようだ。前のインコを
風邪で死なせたこともあり、この越冬は注意しているが何とか越えそうだ。 ペットも家族に同化してくると心があるのが分かる。
カゴを置いているベランダにはサッシの囲いがあり外気とは一応遮断されているが、それでも殆ど寒さは変わらない。
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03月01日(金)
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