ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[393913hit]

■4351, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー3
           「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
   * いい文章とは? そもそも文章を書くとは何?
 そう簡単に、いい文章など書けるわけがない。「自分が納得した文章を書き上げる」ことを心掛けた結果として、
時にまともな内容と思うことがある程度。 まずは何事も継続し量を書くしかない。そうすると本音が自然と出てくる。
一々飾らなくなるためだが、長年続けると建前で生きている人の心根の浅さが見えるようになる。本音を隠していると、
その本音が枯れ果てて、何時の間に「ゾンビ」になっている。ただの世間話しか出来ない夢も希望も知性のない人種。 
  ー次の内容が、文章の書き方について解りやすく述べているー
≪ いい文章とは? と問われても、そもそも文章って何なんだろう、文と文章とは違うのだろうか。・・
 文というのは一つのまとまった内容をひと続きの言葉で表したものです。多くは最後に句点(マル)がついています。
その文を、意味がわかるぎりぎりのところで短く区切ったものを文節と言います。文の間に「ネ」を入れてみればわかります。
 「的確な(ネ)表現の(ネ)文章を(ネ)書きたい」 これは四文節から成り立ちます。この文節でつながる文を二つ
三つと重ねて、自らがとらえた事象を考え、意見などを筋立てて書いたのが文章です。 
全体をたとえると、「いくつかも節のある一本の竹が文で、何本も集まって形を成している竹林が文章です」。
 その「いい文章はとは?」ですが、内容が的確に表現されているです。文章は、その人自身のものでなくてはならない。・・・
体験は単に身の上に起きた出来事ではありません。人間の意識が強く働いた結果なのです。そのときに思ったこと、考えたこと、
さらには織り成す感情とともに、大脳皮質の側頭葉というところに長期記憶として保存されます。文章を書く上でその記憶が
必要になると、やはり大脳皮質にある前頭葉が「こういう記憶を」とリクエストします。ですから、自分というパーソナリティを
形成している体験こそが文章の最も大きな源泉、おおもとでして、作文というのはそのおおもとから記憶化された自分自身を
引き上げて言葉にする作業にほかなりません。といってそれらはそのまま言葉になるというものではありません。第一、記憶自体、
大喜びしたとか大泣きしたとか、特別な出来事を除けばそれほど鮮明ではないでしょう。なかには部分的にしか浮かんでこない
ものもあると思われます。しかし体験も言葉もすべては自分の中にあるわけです。それを投げ出さないかぎり文章化は不可能です。
また文章は、自分にしか書けないことを、誰が読んでもわかるように書き直すことです。 ・・・ ≫
 ▼ 側頭葉残された「思い出」は、その人にとって意味があるから長期保存として残っている。だから、書き出せば、
  その意味の解明になるし読み手も面白い。記憶に残っているだけで意味があり、その人の本質が隠れている。
  文章を書くのは恐ろしく面白いのは、そのため。脳は物語にすると記憶に残るのは、筋書きを求めているため。
  で、こうして毎日、「あれこれ」を起承転結にして纏めている。 記憶にガラクタしか残ってないのは、どうして?
・・・・・・
3976, 閑話小題
2012年02月13日(月)
    * 冬は濁り酒と辛口の酒のミックスに限る
 二年ほど前から10月から3月にかけて、濁り酒と辛口の酒を一対一の混ぜ合わせて飲んでいる。
濁り酒だけだと甘過ぎ、かつ癖が強いので、何気なく紙パックの酒を混ぜてみたところ、これが良い。 
濁り酒は菊水酒造の「五郎八」(1980円)。辛口は全国ブランドの普通酒を混ぜ、燗にする。
これに水代わりでノンアルコールビールを一本飲む。 これで、かなりの酔いが襲ってくる。 
濁り酒も色いろ飲んでみたが、値段の割りに「五郎八」が美味い。 混ぜ合わせると水割りにしたように和らぐ。
慣れると麹の深みを感じる。 一挙に酔いが回るため、つい飲み過ぎることもない。3千円と千円の酒のミックスと、

[5]続きを読む

02月13日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る