ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4308, 新年明けましておめでとうございます!
* 新年、つれづれに
新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!
新年の文章を書くにあたって、これまで書いた元旦の文章を読み返してみた。それぞれの時代背景にした
紛れのない自分と出会っているようで懐かしいが、この感覚こそ書き残す秘儀(意味)がある。
読み返してみると年々、時代背景が厳しくなっているのが分かる。一昨年から一線を退いたため、どうであれ、
直接的リスクは無いが、その厳しさは尋常でない。 悪い悪いと騒いでも、一線に立っていればこその問題。
恐慌という名の大津波が来ようが来まいが、今のところ今日明日の生活に変わりはしない。
不安も期待も妄想でしかないが、現実の大津波(恐慌)は現に足元に浸水してきているようだ。
去年は数年来の中で比較的安定?した年だった分、今年に持ち越された。
恐慌で直接的に影響を受けるのは、年金生活者と零細・個人事業者の弱者たち。その辺りの悲鳴が聞こえ始めているが、
実際のところ、本格的恐慌は起こってみないと、具体的事態か分からない。 やたら狼少年みたいに「大変だ大変だ」と、
ことさら騒ぐこともない。 騒いでいるのは、最初に直撃を受けた私ぐらい? 頭が切り替わってない以前の感覚で、
この事態をみているため、新年早々から、こうして書いているだけか。
暗い話は、そのぐらいとして、昨日、談志の「芝浜」を再放送でみた。今まで5〜6回はみているが、何度みても良い。
行商をしている、魚屋の主人公に談志が乗り移った演技が鬼気迫る。 本人が何かの座談で、「魚屋のオヤジが、
自分を支配し話をさせている」と言ったのを思い出しながら聞いていた。形相は、芝浜世界の魚屋行商の勝そのもの。
TVの罪悪について、ことさら言うが、こういう名人芸を茶の間で横になって聞くことができる良さもある。
独り、部屋で、本を通し芝浜世界の落語を読むのも良いが、魂の全てを投げ打った名人芸を居間で聞くのも悪くない。
ということで、今年も、さらに独り遊びを切り開いていきたい。 平日二時間、図書館での長編小説世界の沈殿?
・・・・・・・
568、年始、つれづれに
2011年01月01日(土)
新年明けましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いしま
ー 現在は、20万年、200万年に一度の変革期か?ー
「20〜200万年に一度の変革期というのは、果たして本当か?
もし本当なら世界に何が起き始め、更に何が起ころうとしているのか」を、このところ何度も独り考えている。
20万年前は人間が道具を使い出した時期、200万年前は言語を使い出した時期。以来、人間の脳と行動が他の動物と変わっていった。
そして気候等の大変動があった1万年前、その事態を乗り越えるため牧農を始めた。それまで自然の恵みを採取していた生活から、
人間自らの手で牧農をすることで、その変動を乗りこえた。それが村落をつくり、都市をつくり、5千年前の5大文明になっていった。
数百、数千年先からみたら、現在がその時になる。以来の大発明がネットとデジタル機器であり、大変革の開始になる。
まず、これが「言語と道具以来の人類にとってのツールか?どうか」である。 ネットが世界中に張りめぐらされて、
キーワードを介して瞬時に情報がやりとりが可能になったことは、世界が電脳化したことになる。これは、世界を根底から変化する
力を持つことになる。 人間が言語の使用を始めてから、脳の言語脳の機能が永年かけ進化してきた。それが他の動物との絶対的な
差異になっている。その脳が、電子脳として世界中にネットで結ばれ、それが人間の意識、生活を根本から変えている。
それからみて、20万年、200万年の境目と認めてよいのではないか? こう考えると、世界が行き詰っている原因は、
20万、200万年に一度の人間社会を根底から変え始める境目であると見てよいのでは? このIT化社会の到来が、この数百年、
数千年かけてつくり上げてきた在り方を根底から変えている、とみてよいだろう。 この仮説?は、20世紀末から21世紀にかけて始った
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01月01日(火)
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