ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4258, しまった!  ー7
   
                     ー しまった! 「失敗の心理」を科学する ー ジョゼフ・T・ハリナン (著)
   * 状況は「偉大な杖」の如し
 私たちは目先の出来事(現象)に、惑わされてしまう。大部分の人は、目先の周りばかりみて長期的見方をしようとしない。
それをするには考えなければならないが、本質など見知りたくないのである。出来るのは、他人の表面を見ることだけ。
そういう私も同じだが、そのことを自覚していると思い込んでいるだけ、タチが悪い。 ーその辺りを要約してみるー
≪ 日常の出来事を認知するうえで私たちがいかに「状況」に頼っているかである。 状況は偉大な杖だ。私たちは自覚して
いるよりもはるかにこの杖に頼っている。ハロウィーンの時期に事件があると(ろくに考えもしないで)ハロウィーンに関係が
あると思いこむ。たいがいはそのとおりだ。しかし、そうでないことも多々ある。 街角で首吊り自殺が実際にあっても、
ハロウィンの飾りの一つと見てしまう。 スキムという法則がある。情報の表面的理解のことだ。これはベテランの投資家や、
音楽家などで多く見られる。人は得意の分野ほどウッカリミスのスキムしがちになる。特に集団が暗示にかかった時など、
それに大きく左右される。日本のバブルと崩壊が、その典型的事例である。それを悪用したのが証券会社。現在、アメリカの
金融工学とかで世界中に不良債権をばら撒き、恐慌一歩手前の金融危機を向かえている。世界の金融機関が状況に騙されたのだ。
ある実験で、催眠中に暗示を与えられ、気分が楽しくなった人と、悲しくなった人が、それぞれ次のような物語を聞かせた。
【 二人の大学生が仲良くなり、テニスを楽しんでいる。一人は何をしてもうまくいく楽観論者、もう一人は、何をしても
うまくいかない悲観論者。後催眠をかけられた被験者たちは、物語を読み終えた時、主役は誰かと問われた。
すると、楽しい気分の人たちは、楽観論者に、悲しい気分の人は悲観論者を主役と感じた方が多かった。】これが人間。 ≫
 ▼ 「幸福な記憶は、幸せなときにこそ鮮明によみがえる」のである。だから貧してはならない。貧すれば鈍するになる。
  人は、あまりに目先の状況に対して隙だらけ。だから考えなければならない。自ら省みて、考え足らずを思い知らされる。
 ・・・・・・・
3883, 無知蒙昧が老いると、無知老害! ですか
2011年11月12日(土)
  「無知蒙昧」が歳をとると「無知老害」になるというが、成るほど老いて、つくづく実感する。
  何事も知っていると知らないとでは天地ほどの開きが出てきて当然である。それが自覚出来ないのが人間の儚さ。
 それでも情報機器の飛躍的進化で私たちは、情報(知ること)が無限に近く入手可能になっている。
 とはいえ情報蓄積と、分析と加工のベースがないと、情報が、そのまま通過するのみ。 知識の蓄積と知恵への変換の基礎教養が
 が必要になる。そのため己の無知蒙昧を自覚するのが、第一歩。「無知の涙」という死刑囚の執筆があるが、これは万人の姿。 
 人生を精一杯生きるほど、自分の限界線が鮮明に見えてくる。 何度か極限を見えたことがある。その先は何とか意識的狂気で
 乗り越えた。 事故死をしたレーサーの名言がある。「誰もが極限まではやる。問題は極限の先を何処までやるかだ」と。
 限界を超えようとすることを狂気という。 自分の正気は小さな限界を示している。 狂気こそが、その限界を破壊してくれる。
 正気の世界のみで生きている人たちこそ、蔑視に値する人としてみると、成るほど合点がいく。自分の現在だからである。
 正気の世界のみで生きた人生こそ「正気の沙汰」の人生になる。「若気の至りがない人生こそ、若気の至り」も同じこと。 
 「若気」こそ、人生のヒントが隠されている。この言葉から「老気」という造語?が浮かぶ。 歳相応の「老気」も悪くはないが、
 人生を旅路とすると、最期まで旅そのものを楽しむ「若気」は失わない方が良い。私たちは、あまりに人生を無意味に生きている。 

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11月12日(月)
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