ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4232,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー7
ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
   * 食べると危険 ートマトはもともと観賞用の植物
 ≪ 生で食べてもおいしいし、ソースやケチャップの材料にもなるトマトだが、じつはヨーロッパでは長いあいだ、トマトは
観嘗用や薬用としてしか利用されていなかった。トマトの原産地は中南米である。メキシコでは「トマトル」という名で
煮込み料理などに使われていた一時代を経て一六〜一七世紀にヨーロッパのもたらされた。当時のトマトは品種改良も進んでおらず、
甘味もなく、美味しくなかたようだ。トマトが食べられるようになったのは、イタリアの貧しい農民が、二世紀を経た後に、飢え死にを
するぐらいならと食べたのがキッカケ。≫
▼ これも多くの野菜同様に、南米から持ち込まれたもの。当初は観賞用で、「黄金のリンゴ」「愛のリンゴ」などと呼ばれた。
   * 冷使用人の嫌がらせが功を奏した? ー清酒誕生の裏話
 ≪ 清く澄んだその見た目から、日本酒は清酒とも呼ばれる。日本酒が現在のような透明に澄んだ酒に変貌するのは、
江戸時代初期のこと。じつはそれまでの日本酒は濁り酒で、今でいうどぶろくだった。その濁り酒から澄んだ透明の酒ができたのは、
まったくの偶然からだった。江戸時代初期、兵庫県にあたる摂津の国に、鴻池新六という酒造業者がいた。ある時、新六が素行の悪い
使用人を叱ったところ、その男は蔵の酒桶に灰汁を投じて逃げてしまった。主人を困らせようというもの。ところが思わぬ効果を挙げた。
翌朝になって新六か桶の中を見ると、今まで白く濁っていた酒が清く澄みわたり、味も香りも驚くほど芳醇なものに変わっていたのだ。
まさに、偶然の産物だった。使用人の恵業かなければこの発見はなかった。新六は、この酒を江戸まで運んで売ることを思いつく。
運び賃をはじめとする流通の経費はかかったが、清酒を求め大名の間で、奪い合いになるほど大評判になり、売れた。
新六は江戸と摂津の国を何ども往復して莫大の利益をあげると、大阪に出て商売を広げた。こうして鴻池家は大阪を代表する
豪商になっていくのである。≫
▼ 大阪の鴻池が、こういう経緯で大財閥をつくったとは知らなかったが、面白いものである。ただ、それを大々的に売り出した、
 新六の才覚があったことも大きい。
 ・・・・・
3867, 三〜四年前の為替相場

2011年10月27日(木)

 三年前の2008年10月25日(土)≪随想日記のテーマ「閑話小題ー毎日が薄氷の上」≫が、為替相場について書いていた。
≪ 9月の半ばから恐慌前夜の重い雰囲気である。日経平均も三ヶ月で40%も暴落、何と7600円まで下がってしまった。
 ドルが95円、ユーロが120円。 世界はパニック寸前か、パニックに入っている。この結果どうなるのか? 
 倒産の続出と、失業者の増加、そしてハイパーインフレと、食品の高騰である。それで済めばよいが、数年以内に中小の
 半分の事業所が倒産、廃業のだろう。考えただけで凍り付く思いになる。 経済大津波が世界中を押し流す勢いである。
 ー 以下は、一年前との比較である。これからみると、まだ経済破壊は序盤ということが分かる。(2008年10月22日現在)≫   
 【 そこで、現在2011年10月26日現在を、書き入れてみた。】
        2007年10月24日       2008年10月22日   2011年10月25日
ドル円         114.10             97.70         76.~
ユーロドル       1.42              1.27  
ユーロ円       162.80            124.70     103〜
NYダウ       13,675            8,519          11,913
米国債(10年もの)  4.3%              3.5%           2.23%
原油         87.10             67.48           80

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10月27日(土)
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