ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4224, 閑話小題 ー地軸様 
   * 地軸様
 何度か書いたことがあるが、30年来、近くの土手を散歩しているうちに橋の上で呼吸法を取入れた深呼吸をするようになった。
大きく息を吐き出しながらシャガミコム。その時に地球の芯に気を落とすイメージを持つ。そして、そこから大きな息を吸い上げながら
立ち上がり、今度は空に向かって気を吐き出すイメージで息を出す。 それを一回につき7〜8回、続けていたところ、擬人化した
地球軸に話しかけるようになった。「おはよう!」「久しぶり!」とか。 ところが何回かするうちに、逆に地軸の方が、「よう、
昨日は散歩に来なかったな!」「より深く呼吸しろよ!」と思いもよらない切口で呼びかけてくる。 サルトル的にいえば、「対自」と
「即自」の、掛け合いになる。 
 ところが何時もの散歩道のコースに、大規模な道路拡張工事が始まり通行止。 そこで違うコースを迂回して歩いているうち、
電動アシスト自転車を購入した。試しに信濃川の土手を長岡大橋から大手大橋を一周したところ、この景色と空気に魅されてしまった。
三年前のことである。それをキッカケに早朝ウォーキングがミニ・サイクリングへ変わってしまった。ところがチャリだけでは、
物足りなくなり、大手大橋を渡る時にヒキチャリをしながら歩くようになった。 暫くすると、その地球軸が再び話しかけてきた。
「久しぶりだね、まあ、下世話なことなど考えてないで、ここを歩いている時は360度のパノラマを味わえよ!」、
「もっと深い呼吸をしなさい!」、「わたしとせっかく出会えたのだから、私からエネルギーを、もっと吸い上げろよ!」、
「何か考える時や、音楽を聞く時には、わたしが同一になったイメージを持つと、感覚が鋭敏になる!」(ワシにも聴かせろ)
とか、なかなか面白い。 スポーツセンターで、ウォーキングマシーン上でiPodの音楽を聞きながら運動している時など
イメージすると、音楽に集中できる。で、この擬人化した地球軸に何か名前をつけてやろうと、この数日で考えた名前が、「地軸様」。 
 知らない人が、これを読んだら、「この男、ついに頭にきたか」と思うだろうが、私にとっては、20年以上の対話の過程がある。 
自分の魂を擬人化した、「真魂様」でもよい。常に話相手として擬人化して対話すれば、それで深い自己対話になる。問題は意識して
やるかどうか。アブラハム、キリスト、釈迦などは、このエネルギーの大元と繋がっていたのでは? 魂とは、内的宇宙=地軸様。
 ・・・・・・・
3859, 釈迦でさえ非難される
2011年10月19日(水)
 釈迦にさえ、非難するものがいた。そのものに、釈迦は「あなたが私に腐ったものを与えたとして、それを私が受け取らなかったら、
それは誰のものになるか考えてみよ。それは、あなた自身のものだろう。それが、私の答えである」と言ったという。
この言葉を知った時、何か内なる拘りの多くが消えた気がした。 要は、自分の受けとめ方で、第三者の非難は、
その人自身の問題を投影しているに過ぎない。 それをマトモに受けとめるから、その辺の輩の言葉に傷を負ってしまう。 
要は、自分の信念となる「絶対言明」を確立してあれば、他人の傷口から出てきた膿の言葉から、自分の傷口に毒が入ってこない。 
釈迦の言葉には、納得できるものが多い。 この時節、釈迦の言葉は心に沁みる。 老年になると、無知は老害となる。
 ーーー
* 思いわずらうな。 なるようにしかならんから、今をせつに生きよ。
* 沈黙している者も非難され、多く語る者も非難され、少し語る者も非難される。つまり、世に非難されない者はいない。
* もし、清らかな心で生きている人がいたとしたら、幸福はその人の後に、かならずついていく事でしょう。
* 思慮のある人は、奮い立ち、努めはげみ、自制・克己によって、激流も押し流す事が出来ない島を作りなさい。
* 善をなすのを急ぎなさい。善をなすのにのろのろしていたら、心は悪を楽しむようになります。
* 水が一滴ずつでも滴り落ちるならば、水瓶でも満たすことが出来るのである。

* 他人の過失を見る必要はありません。

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10月19日(金)
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