ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4151, 虎穴問答
 以前に少し取り上げた「虎穴問答」について。 金沢の「いとはん」という衣料チェーンにいた時の話。
同期10数人で勉強会をつくって、そこに石川県知事を呼んで話を聞いたことがあった。それが社長の逆鱗にふれ、「預りの身?」
の立場上、抜き差しのならない事態になった時に、書店で見つけた本にあった問答である。そして自から、その会を潰すことになった。 
去年の倒産劇の時も、この問答を思い出していた。死に体の会社を一歩早く潰すか、ぎりぎりまで頑張るべきかの決断の際に、
この問答を何度も類推し、考えてみた。  ーそこでネットで「虎穴問答」を調べてみたが、その部分からー
≪ 大阪控訴院でのこと、ある日、審理の最中に王仁三郎は裁判長に向い、「人虎孔裡に墜つ」という禅問答をいどんだことがある。
これはひとりの人間が虎の穴へ落ちこんだ場合どうしたらよいか、という問答だ。 王仁三郎が、「裁判長、あなたはどうお考えに
なりますか」というと、裁判長は自分は法律家だからわからないが、どういうことかと逆に問う。そこで王仁三郎の説法がはじまった。
 人間より虎のほうがつよいから逃げようとすると殺される。刃むかっていっても同じことだ。ジッとしていても虎が腹がへって
くると殺しにくる。どっちにしても助からない。けれどひとつだけ生きるみちがある。それは食われてはだめだ。
こちらから食わしてやるのだ。食われたらあとにはなにも残らんが、自分のほうから食わしてやればあとに愛と誇りとが残るのだ。
 王仁三郎はこの問答で大本事件を語ったのである。裁判長はさすがにうたれるものがあったとみえ、うーんと嘆声を漏らしたという。
また、粛然とした空気が法廷に流れ、敵味方の区別なく一同思わず襟を正したそうだ。さて、この虎穴問答はもうひとつ深い意味を
もっている。というのは、虎に身を与えた愛と誇りの犠牲が、現実の事件全般の進行に一大転機をもたらしたからだ。奇跡的に
死地に生を得たもので、九分九厘だめだったものがあと一厘で逆転にむかうのである。これこそ一厘の仕組みとかいうものだろう。≫
 ▼ 戦前戦中の時代に、破竹の勢いで信者を増やしていった大本教が、軍部や政治家から目をつけられ、大弾圧にあった。
  その過程の裁判での、この虎穴問答は人生に色々な示唆を与えている。虎を、生老病死としての四苦八苦と例えることが
  できる。それぞれの苦に、自ら受け入れ苦しむことこそ解決の最短の道になる、と考えることができる。事業断念も決意も、
  虎を3つの断層=9・11テロ、9・15のリーマンショック、3・11大災害の三つの震災とみなし、その重なりから、
  虎穴に落ち込んでしまったと想定。逃げ回るより、先んじて喰われてしまおうという最後に思い出したのが、この問答。
   当時の大本教を題材にしたー『邪宗門』高橋和巳著ーを読んだが、これが面白い。
 ・・・・・・・
3786, ユング −17
2011年08月07日(日)
   * ユングについての総括
・ 父親の死の時の不思議な体験をキッカケに奇妙な感覚が10年余りの間、身についておたこともあり、ユングの理論には
 非常に興味をひかれた。ユング本人に元もと通常以上のシックス・センスがあったため、それを、そのまま発達すればよかった。
 大本教の出口なお、天理教教祖の中山みきは、そのセンスが強力だったようだ。 また日蓮には身体全体にオーラが包み込んでいた
 という記述が残っている。 27歳時の父の死亡時での実体験が無ければ、シックス・センスに対して信じることはなかっただろう。
 現に幽体離脱のような(夢?)体験をしたのだから、これは信じるしかない。 ユングがフロイトと対立・離別をしてまで、
 この方面の研究を続けた内容は侮れない。
・ ユングが取り上げた中で、「共時性」と「布置」に、まず興味をひかされる。 奇妙な偶然の一致の不思議さである。
 これは多くの人が経験しているはずだが、それを話すと、何か軽薄と誤解されるのを恐れてか、あまり口外をしない。
 子供の頃に親戚の人が、その類の話しをするのを聞いて、「いい大人が、他愛無い話をしている」と心底で感じていた。

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08月07日(火)
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