ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4058, B層の暴走と価値の錯乱
二年前の5月2日に ー3324, 「B層」という「IQ]が低い人々ー という文章を書いていた。(3日前の、ここにある)
ところが昨日の産経新聞の一面の【賢者に学ぶ】「素人の暴走と価値の錯乱」で、このB層の人たちを取り上げていた。
選挙対策として、この層を的にして狙い打つには問題がない。しかし、彼らB層の価値観を押し付けようとする機運が、
全体を導き始めたため、社会が混乱を始めてきている。その危険な状況を理路整然と論じた問題提起が以下である。
【賢者に学ぶ】ー素人の暴走と価値の錯乱ー(哲学者・適菜収) 産経新聞 5月4日
≪ ・・・19世紀ドイツの哲学者ニーチェは「神は死んだ」と言った。その意味は、西欧において 価値の根拠とされてきた
《神の視点=普遍的真理》を設定することが理論上不可能になったということだ。にもかかわらず、《神》は平等主義や民主主義といった
近代イデオロギーに姿を変えて私たちを支配している。その根底にあるのは「神との距離において人間は等価である」という信仰だ。
近代大衆社会はこうしたキリスト教本能をもつがゆえに、あらゆる格差、階層的なものを破壊する。 また、《本当に価値があるもの》
《偉大なもの》《美しいもの》は貶められ、《つまらないもの》《新奇なもの》《卑小なもの》が評価されるようになる。
その結果、芸術家気取りのゲテモノ、半可通、あらゆる領域における素人が権力をもつようになってしまった。
テレビの音楽番組では、芸術の対極にあるジャリタレが「アーティスト」と呼ばれ、ワイドショーでは有象無象の評論家が
専門外のトピックについて無責任なコメントを垂れ流している。 こうした価値の錯乱の上に成立するのが《B層文化》だ。
前回も述べたように《B層》とは平成17年の郵政選挙の際、内閣府から依頼された広告会社が作った概念で「マスメディアに
踊らされやすい知的弱者、ひいては「近代的諸価値を妄信する層」を指す。 この《B層》が現在消費者の主流になっている。
そこでは大企業のエリートがマーケティングを駆使し、大量の資本を投入することで《B層》の琴線に触れるコンテンツを量産している。
・・・ ニーチェは言う。「畜群人間は、例外人間や超人がいだくのとは異なった事物のところで美の価値感情をいだくであろう」
畜群はまさに《B層》である。真っ当な価値判断ができない人々だ。彼ら《B層》は、圧倒的な自信の下、自分たちの浅薄な価値観を
社会に押し付けようとする。そして、無知であることに恥じらいをもたず、素人であることに誇りをもつ。ありとあらゆるプロの領域、
職人の領域が侵食され、しまいには素人が社会を導こうと決心する。これこそがニーチェが警鐘を鳴らした近代大衆社会の最終的な姿だ。
与党政府も素人に陥落されつつある。前防衛相の一川保夫は「(自分は)安全保障の素人」と誇らしげに語り、続いて防衛相になった
田中直紀は素人以前の「ド素人」だった。 閣僚から地方首長にいたるまで政治家の劣化が急速に進んだ背景には、
《偽装した神=近代イデオロギー》による価値の錯乱という問題が潜んでいる。
▼ 恐ろしい末期現象に日本は置かれている。その一つにマスコミが流す世論調査がある。世論の大方を占めているのが
B層の人たち。彼らは質問の内容で、どのようにも誘導可能。 政治のトップ判断の重要事案に、それを使い権力を駆使する。
その背後に、アメリカの巧妙な誘導が見え隠れする。B層が「近代的諸価値を妄信する層」なら、過っての?私も当然、その層。
この10年、哲学に目覚め少しは盲信から抜けてはきた・・ しかし森林は面白かったが・・で、サバンナでは?この蓄群が屯している。
・・・・・・・
3692, 自己を見つめる −14
2011年05月05日(木)
「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著)
* 幸福について ー1
【 私たちは、幸福であるとき、その幸福をあまり感じない。不幸になったとき、私たちは、初めて、自分に幸福が失われていることを
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05月05日(土)
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