ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4023, シングルイン、31年間の総括 ー5
  * どこで間違えてしまったのか?
「会社の寿命30年説」を検索したところ、日経ビジネスが1983年に総資産額のランキング分析を基に唱えたもの、とあった。
私の事業も、この説のとおり30年で寿命を向かえた。 創業当時、私が30歳代半ば、当時のマネジャーと次長は20歳半ばから後半。
30年後の現在、三人の平均年齢が60歳近くになっていた。 ホテル4棟の平均年齢も25年になっており、引き時と見ることができる。 
 ここで、三つの震災などの外的要因を別にして、「この事業、何処で間違えてしまったのか?」という問いを立ててみる。 
◎ 首都圏から新幹線2時間圏内の駅前ホテルの客室需要が数分の一に落ち込む予測が出来なかったのが大きな原因。
◎ 更に企業の営業活動のあり方が、この20年間に根底から変わってしまった。20年前のバブル崩壊と、ソ連・東欧の崩壊で
  東西の垣根が無くなり、グローバル化が日本の国力を根こそぎ奪ってしまった。 その意味を捉えることが出来ず、
  思い切った方向転換を出来なかった判断ミスが次の要因。 
◎ それに加えて1995年にマイクロソフトが、ウィンドウ95を発売、パソコンが飛躍的に使いかってが良くなり、爆発的に普及した。
  それにネットが結びついたネット社会が現実社会の上位に出来てしまった。これで、ビジネスのあり方が根本的に変わってしまい、
  経済も社会も、スピードと変化が激しくなった。 それが資産デフレと物価デフレをもたらしていった。 
◎ 首都圏と地方という経済と社会の関係が、首都圏と東南アジアとへシフトが変わっていった。 そのため、日本の地方の力を
  大きく削いでしまった。 それにリーマンショックと、東北大震災が重なり致命的大打撃になってしまった。
 ー 以上を、簡約すると、
* 20年前のバブル崩壊の影響が、ここまで日本を弱体化させる重大性が理解できなかったこと。
* 資産デフレと、物価のデフレが、これほど長期に続くと読めなかったこと。
* 情報化で、ネット社会が現実社会の上位に出来上がり、経済・社会を根こそぎ変えたスピードが、ここまで早いとは。
   要するに、バブル崩壊と情報化がもたらす影響の大きさの読みが甘かったこと。
 30年前は新潟駅に新幹線がオープン。 新潟駅周辺は活気に溢れていた。しかし10年後のバブル崩壊で、20の都市銀行も
 3行になっていった。 時代の激変がもたらす影響を理解できず、バブル後に、さらに客室数を増加させた。これが最大の間違い。
  間違ってなかったとしても、それも時代の大津波が襲って破壊しているだろうから、どこで間違えたのだろうか?という問いが
 間違えていることになる。 継続しているじゃないか?というが、良くて半分、悪いと五分の一。 これに原油高に、消費税のアップ。
 ・・・・・・・
2011年03月31日(木)
3657, つれづれに
  私にも大きな試練と転機がきた。 65歳ということか。 毎日が、原発事故の悪化を示すニュースである。  
 本格的な恐慌へ一歩踏み込んだようだ。 今日は、ホテル開業30周年になるが、 ・・・
  違う意味でのメルクマールになる! 偶然だが、去年同日の下の文章が身に沁みる。
 ・・・・・・・・・
2010年03月31日(水)
 3292, 人みな骨になるならば ー8
 * くぐり抜けた境地   (p−237)
 ーまずは、スカッとする?部分を抜粋するー  (人によれば、冷水を浴びせらた感じか!)
 これまで縷々と述べてきたことは、要するに世界はわれわれに対して、期待するほどには親切ではないが、
危惧するほど冷酷ではないということだ。 もちろん、われわれの幸運・不運によっては、期待する以上に
慈悲深かったり、また危惧していた以上に残酷だったりするが、それにも特別な意味などないのだ。・・・・
 究極の課題は、われわれがあらゆる無用な縛りを脱ぎ捨てて、自分だけの人生を積みあげることである。
それはたぶん海岸で砂の城を築くような児戯でしかないだろう。いずれ波が浚っていき、後には元の砂浜が残るだけだろう。

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03月31日(土)
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