ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4014, 事業生活39年の、独り語り ー3
    * 武澤ゼミ (20歳の頃 ーある教授との出会いー3)
  高度成長の真っ只中、創業人生が面白そうと20歳の時に思い立ち、色いろの教授に触発された。その最大の恩師が、
 人事管理の武澤教授である。その後も、ゼミOB会に2〜3年に一度は参加していた。10年ほど前に亡くなられた。
【 1024, 22歳の日記−2    ー武澤ゼミについて
  何度か書いた事があるが、ゼミについて考えてみる。この時期は、武澤ゼミと寮とクラスメイトなどの過去4年間の友人が、
 ほとんどを占めていた。その中で武澤教授の影響が大きいことが、当時の日記からうかがい知ることができる。ゼミでは、
 一週間前に社内トラブルの事例(ケース・スタディー)の用紙を渡される。その間に対処を考えて、全員で徹底的に議論をする。 
 その後、その事例研究のベストの答えの用紙を見せられる。そこで私たちの出した結論と、その差異について更に議論をする。 
 また二班に分かれて、それぞれが議論した結果を持ち寄り、互いに議論する。その結果、知っている限界の知識と体験をもとにした、
 それぞれの地言葉(赤裸々)の議論になる。 教授は要所要所以外はほとんど話さないで議論の推移を聞いている。
 考えるヒントを与え、議論を通して「考えること」を促す。そして「考えることは如何いうことか」と、一歩踏み込んでいく。 
 そこに各自の知識不足を自ら気づく仕組みになっている。当時の日記を写して気づいたが、ソクラテスの「対話法」の真理追究を、
 そこで体験させていたようだ。 素朴に深い疑問を常にもって、社会や世界を見る目を持たせるのが目的。対話の訓練が友人に
 受けたのだろう、卒業まじかに多くの友人が私に集中してきた。誰もが卒業という節目で迷っていたからである。 
 武澤ゼミで学んだことは、社会に出て、事業の組立てなどに非常に役に立った。冷静な事実の把握と、仮説の積み上げと崩しの、
 繰り返しの中で計画の練り上げをしていくのと酷似していた。要は地頭で考える訓練であった。 】
  ▼ 振り返ってみて、事業人生で学生時代の3人の教授と、コンサルタントの渥美俊一に大きな影響を受けていた。
   渥美コンサルタントは、カリスマ的流通革命の指導的立場にいた。 学生時代に、鈴木教授に「意志」の自覚。
   野田教授に「統合(経営)」。武澤教授に、「分析(冷静)」を学んだことになる。
   独り総括をしていると、「私の人生は結局は何だったのだろう?」という、基本的な問いが、立ち上がっては消える。 
   人生など何の意味(価値)もないこと位は分かっていても・・・  哲学を学生時代に、より深く追求しておくべきだった。
   それもこれも還暦過ぎれば、それがどうした!でしかないとしても。
・・・・・・
3648, 地震 ―つれづれに  ー9
2011年03月22日(火)
   * 日本経済はガタガタ
 TVで、新宿・歌舞伎町、新橋駅界隈、秋葉原、渋谷などの先週末の繁華街や箱根などのリゾート地の客の激減の様子を放映していた。 
魚河岸では7割も普段よりお客が激減しているという。 街は節電で、真っ暗で、放射能が漂っているかもしれない中、外食も買い物も
する気にもなれない。先週の長岡駅と新潟駅中専門店の店内には、お客の姿は皆無なほど見られない。
朝から晩までTVで、100年、1000年来の大震災の惨状や、原発の放射能漏れが報じられていれば、買い物や外食をすること自体、
後ろめたい気持ちになる。これが短期的現象ですめばよいが、そうはいかないだろう。 3月11日をもって日本は全く違う時代に入った。
比較的東北から離れている関西以南は、関東に比べて落ち着いているが、これも時間の問題。損害は12兆円というが、原発事故への
不安心理が景気にもたらす影響はあまりに大きい。 昨夜、自宅近くのイタ飯屋のサエゼリアには避難民のグループで満席であった。 
着の身着のままの服装が痛々しい。
   * 想定外の歴史的惨事に、あまり責任を追及しないがよい!

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03月22日(木)
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