ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3806, 哲学人 ー⑦
ー「哲学人」ブライアン・マギー著より
* 歴史の知識が、物事の理解の仕方に及ほす影響
【 歴史の専攻に費やした五年間(パブリック・スクールでの二年間と大学での三年間)は、一般的な遺産をひとつと、個別的な遺産を
いくつか残してくれた。一般的な遺産として私の頭のなかには、古代ギリシャかち現在までつづく西洋の歴史に関する概略的な知識が残った。
こうした知識は習得に数年間の研究を要するので、当然たいていの人は、いや、かなり高学歴の人でさえもっていない。
物事の理解の仕方へのこの知識の影響は根深いらしく、私の考え方には、対象が音楽であれ、演劇であれ、政治であれ、哲学であれ、
ともかく決まって歴史的な側面が認められる。私にはあらゆるものを、その成り立ちや今後の展開といった観点から眺める傾向がある。
また、過去の人物をより広い文脈に置く傾向もある。そうやって、その人々が住んでいた社会の様子や、彼らが活動していた当時の状況、
その時代にはまだ起きていなかったこと、彼らが知リえなかったことなどを認識するのである。さらに私は、現実が絶えず変化しつづける
ことを踏まえ、‘現在には特別扱いすべきところなどない’とわきまえている。いま起きていることには特別な重要性がある、
そう思いこんでいる人が大勢いるようだが、私はそうではない。過去全体がいまへとつながっているのであって、かつてのどのいまとも
同じように現在は一時的なものであり、ときに総体としての過去のなかの一瞬にすぎなくなることを私は知っている。過去、現在、未来を
問わず人は誰しも、複雑で途絶えることのない大きな歴史の流れのなかの任意の時点に人生をはめこまれるのであり、その歴史の流れは
絶えず変化し、各個人の死後もつづいていく。その流れのなかに、ほかと比べて特権的な時点などなく、ほかより多少なりとも
絶対的な時点もない。こうした思いが私の骨の髄まで染みこみ、芸術と知的生活のどちらに対する態度にも行き渡っている。】
▼ ついつい我々は、「自分の生きてきた時代を特権的かつ絶対的な時点」と思い込んでしまう。それが自分が生きてきた時代という
理由だけで・・ しかし過去を振り返れば、長い歴史の中の一コマでしかないは明白である。従って、日本史や、世界史を何度でも
読み返し、自分の置かれた時代を冷静に見つめるため、地球儀と世界史の本を身近に置いておくべきである。グーグルアースとは別に。
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3441, 政治談議
2010年08月27日(金)
* 小沢一郎が、民主党党首に立候補
日本の歴史始って以来の危機の時期に、小沢が立候補を決断をした。
この恐慌を乗り越えるには、自民党、民主党という枠を超えた大連合しかない。その断行は待ったなし。
管首相以下の三人が政権運営維持、難局に対処出来るなど考えられない。
面白いもので、小沢が立候補のニュースをみた直後、近くあった月刊誌の「現代・プレミアムーノンフィクションと教養」
を手に取ると、週刊文春などの編集長などをいていた花田紀凱が小沢一郎批判をしている文に行き当たった。
田中角栄直伝の集金システムの手法は、そのまま続いている。
ここで、1993年、小沢が新生党を結成した時に立花隆が朝日新聞に痛烈な批判の文章を取上げていた。
(字数の関係でカット09年8月27)
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3066,ウワサを考えてみる −2
2009年08月27日(木)
「うわさ」をもう一歩掘り下げて考えるために「オレルアンのうわさ」と「和服美人局のうわさ」を対比してみる。
似ているところは、バックにある犯罪組織の臭いと、性的な危うさ、そして「ユダヤ人経営者」=「女好き経営者」への虐め。
違うところはオレルアンが若い女性の間の噂だったのが、長岡は街の酔い客である。前者は根も葉もないデマだったと後で判明したが、
後者はファジーのままで終焉したこと。「うわさは愚者に始って、賢者で終わる」というが、冷静になれば風評ということが分かるはず。
人は「事実より、信じたいことを信じる」傾向があり、心の闇に符号することには更に強くなる。
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08月27日(土)
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