ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3648, 地震 ―つれづれに  ー9
  * 日本経済はガタガタ
 TVで、新宿・歌舞伎町、新橋駅界隈、秋葉原、渋谷などの先週末の繁華街や、箱根などのリゾート地の
客の激減の様子を放映していた。 魚河岸では7割も普段よりお客が激減しているという。
街は節電で、真っ暗で、放射能が漂っているかもしれない中、外食も買い物もする気にもなれない。
先週の長岡駅と新潟駅中専門店の店内には、お客の姿は皆無なほど見られない。
朝から晩までTVで、100年、1000年来の大震災の惨状や、原発の放射能漏れが報じられていれば、
買い物や外食をすること自体、後ろめたい気持ちになる。これが短期的現象ですめばよいが、そうはいかないだろう。
 3月11日をもって日本は全く違う時代に入った。比較的東北から離れている関西以南は、関東に比べて
落ち着いているが、これも時間の問題。損害は12兆円というが、原発事故への不安心理が景気にもたらす影響はあまりに大きい。
 昨夜、自宅近くのイタ飯屋のサエゼリアには避難民のグループで満席であった。 着の身着のままの服装が痛々しい。
  
  * 想定外の歴史的惨事に、あまり責任を追及しないがよい!
 この地震は想定外の歴史的大震災。原発がたまたま巻き込まれ本州全体が壊滅する可能性もある。
政府対応が悪いとか流布されているが、それより被害を最小に収めることが最優先にされるべき。
その中で民主党が野党に協力を求めたにも関わらず拒否をした。 彼らは今だ、この惨事に対する認識が薄い証拠である。
現在の日本の稚拙な実態が、そのまま現れ出てしまったと言えよう。 ここは災害大連合内閣で望むべきで、
これで自民党は最期の命綱を自ら切り落としてしまった。 数日内に自民党バッシングの嵐になる可能性がある。
民主も酷いのは分かるが・・・ 
 ーー
3283, 人みな骨になるならば −3
 2010年03月22日(月)
  人生、60歳を過ぎて、そろそろと考えていた矢先に、この百年か五百年に一度の大恐慌である。
「最後のレッスンを神が与え給ってくれたのか」と気を取り直し取り組んでいるが、それでも弱気になると、
「自分の人生とは果たして何だったのだろうか」という原点的な問いかけが出てくる。
 一応、人生の課題は無難に? 解いてきたつもりだったが・・。  丁度、良いタイミングに
   ー「人生の課題」という幻想ー という言葉が飛んできた。  
  著者は私と同じ年齢で、9年前にガンで亡くなっている。 私の中・高校の同級生が、この10年間で何人も亡くなっている。
 その彼等の天国からの代弁とイメージをして読むと、なかなか味わい深い内容として聞こえる。
 死者の視線で見れば、人生の課題も何もかもが幻想でしかないのである。それが虚無ということ。
  * 「人生の課題」という幻想  の項目の一部を抜粋
 「時々、宇宙における自分たちの位置を思い出してみることで、我われを幻惑する我われ自身の分泌物たる通念を
 相対化してみるのは、どうであろうか。 『人生の課題』というのは一つの幻想である。
 事業といっても世間に流通している貨幣や評判を集めているだけである。
 国事に奔走するといっても、特定のサル集団と利害を共にしているだけのこと。マイホームの夢は巣作りでしかない。
 有名になることは多くの人に個体識別されるという意味である。もちろん、そうした目標は馬の眼の前にぶら下げる
 人参ほどの効果はあるだろう。馬が走るには、何らかの動機が必要で、少なくとも何かから逃げるといった走り方より、
 何かを目指した走り方が元気が出る。人参を追っている馬は、虎から逃げている馬より、幸せだろう。
 何よりも重宝するのは、このような鳥瞰的な視点を得ることは、われわれが『人生の課題』達成に敗れたり疲れた時に
 それを天空から鳥瞰して、それほど大したことがないと達観することを容易とする。どれもこれも宇宙の一大事にはほど遠い。
 われわれが失恋したり、事業に失敗して大騒ぎをすることも、宇宙から俯瞰すれば似たようなレベルでしかない」(p116)

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03月22日(火)
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