ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3594, 教養とは何か?
  これまで、何回か教養について書いてきた。一番に納得したのは「18歳までに洗脳された思い込みから自由になるための
知識と経験の蓄積」である。 塩野七生著の「生き方の演習」の中に次のような一節があった。これも面白い。
  「生き方の演習」 塩野七生著 P−45
≪ 立花隆さんが東大で「東大法学部の学生は教養がない」と言ったら、法学部の学生たちが、「先生、教養とは何ですか」
と問い返したそうで、それに怒って、彼の考える教養とは何かを『文藝春秋』にかいたんです。立花隆さんは私の友人でもあり、
たいへんに尊敬しておりますが、やはり考えが違う時は違う。彼は「教養はまず役に立たないものである」と言っていますが、
これは、私に言わせると十九世紀的な教養の概念だと思うんです。 十九世紀というのは、ヨーロッパの有産階級ができ上がった時期。
その人たちは有産階級ですから、お金があって、家もあった。働く働かないにかかわらず裕福だったわけです。そういう人たちが、
「教養は役に立たないものである。しかし、教養は大切である」っていうことを言っていたわけです。けれど、私の関心の的である、
それよりも以前のヨーロッパへ行きますと、そうではないんです。たとえば、ルネサンス時代には、教養というものは役ところが、
ルネサンス時代は、専門の技術だけではだめだったんです。当時、フィレンツェでとくに盛んだったのが工房でした。
ミケランジェロもそこで修業しているし、レオナルド・ダ・ヴィンチも工房の出身です。だけど、その工房では、ひとつだけを
専門にやっていたのではだめなんです。そういう人は助手の助手の助手ぐらいの地位に甘んじるしかなかった。彫刻家であっても、
画家などの仕事にも通じていることが要求されたんです。というのも、彫刻でも、画家的な視点で人間を見れば、また別の見方が
できると考えたわけ。・・つまり彫刻では、建築家は、彫金家ではどんなふうにするか、とすべてを押さえると、今度、絵を描く時、
それまでと違った絵か描けると、彼らは思ったわけです。そういうルネッサンス時代の教養が、教養の原点だろうと考えるのです。
 ーー
 一つ穴を深く掘ろうとしたら、穴そのものを大きくするか、それなりの技術と道具が必要になる。
ダ・ヴィンチが、あらゆる分野に精通していたのは有名だが・・ 地球に何をするため生まれてきたか?の問いに、
「世界を知るため、その人しか創れないものを創ること、そして子孫を残すこと」と答えが出るが、
「その人しか残せないものを残したとしても、千年、一万年単位でみれば、泡でしかない。それを悟ることが教養」が、今日の落ち!
 ―――
3229, つれづれに ー閑話小題
 2010年01月27日(水)
 * 情報化の進展が社会を変えている
ツイッターには驚いた!と何度も取上げてきた。「これで更に情報化が進む」と、先日の朝のNHK番組「生活ホット」で取上げていた。
また、ニュースでも「最近、米や魚や酒が生産現地から直接ネットでの注文が増えていると報じていた。
我が家でも、時々「福島産コシヒカリ」などをネットで買っている。(メールの受付で知ったが)なぜ100m先のスーパーで
買わないのか? 値段と味には厳しいはずだから、「何か価値がある」のだろう。ちなみにメールによると、10キロ3400円
−ポイント400円=3000円。もう百貨店の売上げをネット売り上げが超えたが、百貨店の役割は情報基地としての商品提供。
それをネットが替わってしまったということになる。 書籍、健康食品、化粧品、ファッション品、健康機器と、我が家には
週に1〜2回は宅配が来る。 最近では宅配の人に「何時も有難うございます」と、挨拶をされる。
 * 日本航空の破綻
「日本航空」が破綻したが、10年前など考えられなかった。それが、簡単に破綻してしまったのだから、驚きである。
政治的思惑で地方の赤字路線でも運航しなければならなかったことや、日の丸日本的な体質や、職種ごとの組合など、
複雑な内部事情もあったようだ。 更に欧米のような過酷な競争が少なかったこともある。

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01月27日(木)
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