ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3589, ユダヤ人 魔法のコトバ
  「ユダヤ人 魔法のコトバ」 ースティーブ・モリヤマ著
 ユダヤ人の格言は、数千年の歴史に裏付けられているので、奥行きが深い。
 世界の権力構造にはユダヤ人が深く関わっている。下手な人生論など足元にも及ばない説得力を持つ。
  ー この本の中で、印象に残った箇所を幾つか書き出してみる ー
* 成程!
 「私は決して歳をとらない。私にとって、老齢とはいつも自分より15歳年上のことだから」ー米国投資家・ベルナルド・バル−ナ
   解) 逆に自分より15歳年下からみれば、老齢ということになる。 40歳位までは55歳以上の人は皆、老齢に見えた。
* 笑うしか術がない時
  人生の中で、本当に深刻な時と問題がある。その時は、独り笑うしかない。 
   解)その笑いが、振り返ると何ともいえない思い出になる。ところで、笑えるのは本当に深刻だろうか? 愚問か!
* 物忘れ
 「まずは名前、そして顔が思い出せなくなる。次にズボンのジッパーを上げるのを忘れるようになる。
  そして最後には、ジッパーを下ろすのを忘れるようになる」  コメディアン ージョージ・ハーンズ
   解)これ、笑っていられない年齢になってきた!
* 口の軽い奴
 「手癖、女癖の悪い奴より、口の軽いやつのほうが始末が悪い」    ータルムード
 「噂話はかならず三人を殺す。噂をばら撒くやつ、疑問も抱かずに噂話を聞く人、そして対象になっている人」
   解)教養のないオバチャン。それと、そのトジブタの割れ鍋の男。酒が入ると、他人事ではないか・・
* 夢も悪夢もあったけど
 「夢も悪夢もあったけど、夢があったこそ悪夢を乗り切れた」 ージョナス・ソーク
   解)悪夢を乗り越えた時点で、それは志に変ってしまう。乗り越えないと挫折が待っている。
    「夢も悪夢もあったけど、(悪夢)があったこそ(夢)がかなったのだ」も、道理。
・・・・・・・
3224, 地球を通り過ぎる
 2010年01月22日(金)
 2000年前後、6年間、朝日新聞に連載されていた「一語一会」の随想集の中にあったもの。なかなか、含蓄のある随想である。 
 地球環境破壊に対する問題提議にもなっている。 この人の写真集を持っているが、なかなかよい。
  * ー地球を通り過ぎるー  長倉洋海 写真家
「鳥のように静かに地上に降り立ち、やがて静かに飛び去っていく。 それが私たちインディオの生き方。
 人は地球を傷つけることなく、通り過ぎることができる」。 ブラジルを共に旅したアユトンの言葉だ。
 アマゾン先住民を取材しようと訪れたブラジルで、出会ったのがクレナック族のアユトン。
彼は「開発」で故郷を追われ、都市の建設労働者などを経て、インディオの権利回復運動で活躍した。が、大切なのは
子孫に残すべき文化だと気づき、今は各地のインディオの村々を訪れ、経済的自立と伝統文化の復興に力を注いでいる。  
 アユトンとの旅は楽しかった。彼は森に入る時に、森の女王サマ・ウーマの巨木に語りかけて許しを乞う。 
動物の鳴き声をまねてはみんなを笑わせ、万物の存在をユーモラスに詩にして吟じる。 
舟をこぎ、森を抜ける行程はきつかったが、彼は森の精に力をもらうのか人一倍、元気だった。 
 ヤノマミ族の村を訪れた時には、半裸になり、二人で踊りの輪に入った。
両隣の人と手をつなぐと、ぬくもりばかりか心臓の鼓動までドクドクと伝わってくる。
カシナワ族の村に滞在した時は、別れ際、族長に「こんな寂しい思いをするなら、最初から来てくれない方が良かった」と言われた。
モノではなく、人との出会いを何より大事にする姿に胸が熱くなった。「人は何もしないために存在していてもいいじゃないか。
生きていること自体が素晴らしい贈り物だから」とアユトン。インディオの家も舟も、衣類や薬も、すべて自然から生まれ、
そこに還っていく。 人の生死も同じだ。世紀末やら千年紀やらと浮足立っている我々と対照的に、
祖先から続く大きな流れにゆったりと身を任せ、烏のような生き方で地球を子孫たちに手渡す……。

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01月22日(土)
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