ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3542, 価値観の中心の書き換え −4
* そもそも「成功」とは何ぞや?
ーここで、成功とは、そもそも何かという著者の論理が、言いえて妙である。まずは、その辺を・・・
【 大金持ちになりたいかと訊かれれば、ほとんどの人間が手を挙げるだろうが、だからといって、なにがなんでも
絶対になりたいとか、人生の目標の一番に「成功」(大金持ちになること)を掲げて生きていきたいわけではないのである。
成功本を書く著者たちは、人生の最大価値を「成功」に置いているようである。つまり金を儲ける「仕組み」を作ったら、
あとは「こっちの水は甘いそ」とかいいながら、左うちわで遊んで暮らすというのが理想の生活だと考えている。
人間を金持ちとそれ以外に二分し、金持ちだけが「自由人」で、それ以外は「不自由人」だ、などと幼稚なことをいって
恥じるそぶりすらない。もしめでたく「成功」したとしても、それは全のなかの一つの要素に過ぎない。
ところがかれらはそれが人生のすべてで、それがなければ人生ではない、みたいに考えているらしい。
「成功」が人生の最上位に立っているのだ。かれらにとってすべての価値判断が金を持っているかいないか、だけのように見える。
頭のなかにはつねに、いかにして金を儲けるかというだけのようだ。「自由」であるほずなのに、「不自由」なのかもしれない。、
有り余るほど金があるのなら、本なんか書かないで隠遁していればいいのに、やほり「名」が欲しいのだろう。
けれどかれらには金はあるかもしれないが、どう転んでも「名誉」だけは手に入らない。「プライド」もない。・・・・・・
人生で大事なことは「過程」そのもの。それが目標を「実現していく過程」であろうとなかろうと、目標が「実現」しようと
しまいと「過程」がそれ自体が大事である。それらの「成功」という言葉が馴染みにくいと思っていたら、
全部アメリカ人の好きな、大げさかつ幼稚な言葉であるサクセスやグレートやドリームの受け入れだったからではないか。】
ーまずは、彼の批判している成功は、衰退し右肩下がりの時代背景からみた成功に対する目線でもある。
高度成長期では大方の人からは受け入れられない見方である。現在は、多くは成功は無理。
ならば、それぞれが自分の価値を見出し、追求していくプロセスを大事にするしかない。
情報化で価値の多様化が進んでいる現在、何をするにも、それぞれのスキルが必要である。
人生に今さら成功も失敗もない?いや、ある? 人生を旅に喩えると、やはり良った旅と、良くない旅がある。
旅の準備を充分してきたか、災難を無難に乗り越えられるか、その知識は必要。
成功とは良かったと思える旅のことになる。 良かった思えば、良い旅になる。でも、良くない? 修行が足りないのでは。
・・・・・・・・
3167, シュリーマンの話 ー4
2009年12月06日(日)
ー抜粋のつづき
彼は貴族ではない。清国と日本の支配階級を対比しているのではなく、市井の人々のこまごまとした暮らしぶりの中から、
日本の庶民や下級武士、坊さん、はては花魁に至るまで、きれい好きで潔く、親切な人々を事細かく書き残しているのである。
彼は、玩具、織物、刀剣、象嵌細工、木彫り等々を見て、日本の工芸品は蒸気機関を使わずに達することのできる最高の
完成度に達していると評する。 教育についても、「ヨーロッパの文明国以上に行き渡っている。
アジアの他の国では女たちが完全な無知の中に放置されているのに対し、日本では、男も女も皆仮名と漢字で読み書きができる」
と称賛した。 彼のために、彼の目が日本びいきであるために曇っていたのではないかという疑いを晴らしておきたい。
幕末当時、日本には1万5千の寺子屋があり、武士は100%、庶民男子50%、女子20%、江戸市中で70%の識字率で、
当時のロンドンの識字率30%などを断然凌駕し、何百年も世界一を続けていた事を申し上げておきたい。
彼のたどり着いた疑問は二つ。
《 一つは深奥なる体系的な宗教が存在しないこと。
もう一つは、「ここでは君主が全てであり、労働階級は無である。にもかかわらず、この国には平和、行き渡った満足感、
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12月06日(月)
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