ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3134, 脳と日本人
 「 脳と日本人  松岡正剛 茂木健一郎 」 −読書日記

 この本の初頭から、「エッ!」と思わせる内容である。「主題は20世紀に出揃っている、21世紀は方法の世紀」と。
最近、パソコン、インターネットを初めとするIT機器などの飛躍的進歩で、世界は大きく変わろうとしている。
それより良いにつけ、悪いにつけ、私自身が劇的に変わってきた。 方法のキーワードが「編集」と看破しているところが、
松岡正剛の言わんとするところ。 実際の、このテーマ日記を8年半ほぼ毎日書き続けていて、大きな内面の変化を実感する。
起承転結の編集作業を通して、外的世界の把握の仕方と、内面の編集作業がアップスケール?した。
それを実感しているからこそ、冒頭からの二人の対話に引きこまれてしまった。 
正座をして隣で聞き耳を立てて読んでいる感じである。  編集とは創造作業の方法というとわかりやすい。
 〜まずは冒頭の、その部分から〜
松岡: 20世紀は主題の時代で、21世紀は方法の時代。方法というのは、ものの見方、考え方の支点。
 そのキーが「編集」ということ。 平和とか環境とか、民主主義とか多様性とか共生とか、主題はだいたい
 20世紀に出揃ったでしょう。でも、何も解決していない。 だったらこれからは、方法が問われた方がいい。
 それには編集的方法にもっと注目した方が良い。 編集という言葉は、新聞や雑誌、テレビ、映画などのマスメディアで
 よく使われる技法用語です。 けれども僕は、その意味と用法を拡張して、何らかの出来事や対象から情報を得たときに、
 その情報を受けとめる方法のすべてを編集と呼んでいます。たとえば、パソコンで文章を打ったり、日記や手紙を書いたり、
 というのは全て編集です。企業の経営やプラニングを考えたり、会社でスピーチをしたり、家で料理をつくったりすることも
 編集です。アタマの中に浮かんでいることと、体で起こることを、目や手や道具をつかってつなげているわけだからね。
 だからサッカーや野球は編集ゲームですし、小説を書くことは編集構成です。何かを思い出すことも情報編集です。
茂木:「編集」という方法が考えたり、書いたりという人間の知覚や思考、表現のすべてにかかわっているわけですね。
松岡: 人間にかぎらず、生命体の活動はもともとが情報編集でしょう。 生命体の本質はそもそも情報高分子だし、生きていると
 いうのは、負のエントロピーを食べて非線形的なふるまいをすることですからね。二十一世紀は、そういう方法に着目するべきです。
茂木: その意味では遺伝子情報をめぐる多くのプロセスも編集的といえるでしょうね。
松岡:「編集というのは、新しい関係性を発見していくということなんです。スピーチだって料理だって、商品開発だって、
「印象に残る」とか「おいしい」とか「便利なものを提供する」というふうに新しい関係を発見することですからね。
茂木: 世の中には、科学、経済や文学、哲学、歴史、そして、インターネットからスポーツ、ファッション、料理、
 さらに、歌舞伎や能楽から音楽、お笑いまで、ぱらぱらに事象が散らばっていますね。情報の豊穣があっても、
 それを私たちの生の充実につなげられないでいる。
松岡: もったいないよね。それらの「あいだ」をつなげて、そこに新しい関係を発見しなくちゃね。
 たとえば茂木さんがクオリア(感覚の質感)を研究しているのも、心脳問題に新しい関係を発見したいからでしょう。
茂木: そうですね。人間の脳の中には約一千億個のニューロン(神経細胞)があります。そして、それぞれのニューロンが、
 シナプスと呼ばれる数千から一万の結合を通して他のニューロンと関係を結んでいる。
松岡: その一つ一つのニューロンを取り出しても、「心」はどこにもない。
茂木:「心」を生み出すのは、脳全体にまたがって、一千億個のニュー・ロンがつくり上げる、複雑で豊かな関係性ですからね。
 〜〜
 主題と方法というと、「主題さえ決まれば何とかなる」と思いがちだが、方法が問題である。
卑近な例として、電話である。 各家庭の普及、そして携帯電話、それが情報端末に変ってきた。

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11月03日(火)
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