ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2692、「誠実であるということ」とは、どういうことか?

私の好きな哲学者の中島義道が『哲学者というならず者がいる』の中の
カント哲学「実践理性批判」で、誠実性について次のように述べている。
 「誠実性が実現されてない限り、いかに外形的な善が実現されても厳密な意味で『善』は実現されていない。」
 誠実性とは何か?とは、「善い行為」を実現するさいに、僅かでも自己利益が混入してはならないということ。
 (取引を求めない、という仮言命法、ということか)
 中島はカントが実際言ってないとしても、言いそうなこととして次の4つをあげている。
@自分をわずかでも実際より善く見せようとしないこと。
A自分が不利益を蒙るとわかっていても、それが真実だから「そうだ」と語ること。
B他人が不利益を蒙るとわかっていても、それが真実だから「そうだ」と語ること。
Cいかに優位に立っていようと、たとえそれがいかに理由のあるものであろうと、
 いささかも放漫であってはならない。-誠実な人は決して放漫ではない。
いささかも誠実を誇ることはない、ということである。
 
以上のことを実際に実行すると社会は成立しないだろうから、ある程度は不誠実でなければ生きていけない。
そういえば以前に、誠実であるとは如何いうことか? 考えたことがある。
「誠心誠意、無心に対象にエネルギーを注ぎ込むこと」が、結論であった。
それと、「自分を騙さない。それが人を騙さないことになる。」「約束を守る」ことである。

「あの人は誠実な人」というと、それからどんなイメージが連想されるだろうか?
・自分の言った言葉に対して責任を持てる人。
・自分を信じてくれる人である。
・「良心」を大切にして、人を利用しない人である。(心の綺麗な人)
   
 誠実そうな人はいても、誠実な人は、ナカナカいないものだ。
 「論語の会」にでも入って、鼻声で斉唱しようか?
 私の姉の名前は、正子、恭子、優子、そして礼子。
  正しく、恭しく、やさしく、礼儀か〜
   誠実そのもなじゃないかい! 
 父親の名前は誠作だから、潜在意識が、そうさせたのか? 
 それとも、親しくしてもらっていた野本互尊翁から命名して貰ったか?
  
・・・・・・・・・
2007年08月18日(土)
2328, 近視矯正手術
                 'Good☆Morning 。っω-)..。

私の周辺で最近「近視矯正手術」をする人が目だってきた。
先日の葬式時に、幼馴染みの同級生が眼鏡を外していたので「コンタクト?」と聞いてみた。
しかし彼の答えは「白内障の手術時に眼球の中に近視レンズを入れた」であった。
さらに彼の三人の娘も手術をしたという。(三人のうち二人が片眼だけの手術)
本人の話だと「とにかく楽になった、眼の重さがかなり軽減した。それで娘も決意した」という。

ところで私も、この春に手術をしようと決意をしたところ、ある知人が
「15年前に白内障の手術と一緒にレンズを入れた経験からみて、やらない方がよい。
それでもどうしてもしたいなら、片眼をやってから様子をみたほうがよい。
白内障など已むを得ない場合を除いたら、やるべきでない!」と強く諭された。
その瞬間、あれだけ強い決意も、一年間時間を置いてから判断することにした。
「出来ることなら眼球にメスを入れるのは避けるべき」というのも道理であるし、15年間の経験の言葉は貴重である。

それにしても、ここにきて急激に手術をする人が増えているようだ。眼球にメスをいれる矯正も、
日が経ってないのに大丈夫なのだろうか?今から十年前にアメリカで近視矯正手術が爆発的に普及した時は、
毎年2〜3倍の確率で伸びたとインターネットに出あった。今の日本と同じだったのだろう。
近視矯正手術にはレンズを眼球に入れるケースと、角膜を削るケースがあるようだが。
眼は最も重要な器官であるから、慎重に慎重を重ねないと!
でも、あれだけ楽になった爽やかな顔をみるにつけ、少し迷いが出てきた。
                 ヾ(・д・。)バイバイ
・・・・・・・
2006年08月18日(金) 
1963.事業百訓・・・@

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