ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2665, 人生は儚いのか?
知人の墓に、亡くなってから隔月にお参りをしている。
たまたま、散歩をする土手の折り返しの近くに墓がある因縁のためだが。
習慣とは面白いものである。両親の墓には年に三度ほどしか参らないのに。
その都度思うことだが、「人生は儚い」ということだ。
必ず、心の中で話しをするが、故人が語りかけてくる言葉は
「生きているうち、こっち(あの世)は、ただ空」そしてダメ押しに「もっと墓参りに来てくれ!」
勝手に沸いてくる言葉でしかないが、それでも何かがあるのだろう。
故人と話しをしながら、思うことが、娑婆のことなど全て儚い夢でしかないということ。
そこで「儚いとは、如何いうことか?」を考えてみよう。
それは生まれる前の無限の時間と、死んだ後にも続く無限の時間を、死ぬと覚悟をした時に
「あまりに小さな時間」を思い浮かんだ実感である。
だから、「幸福の4Fは克服できない苦難と悲しみ」というのも、言い得ている。
故人から学ぶことは、そのことである。 達成した幸福の喜びなど、酒を飲んで盛り上がれば、出来ること。
そこには、生きているうちに感じる儚さしかない。しかし、それを言えるのは達成をした経験のある人間しかない。
それも、これも、如何でもいいことだが!
儚さと感じるのは、4Fの克服できない苦難と悲しみの意味を知らないからだ。
儚いというのは、「わたしの儚さ」である。「わたし」という有限の自分の、小ささをシミジミ知ることである。
その小ささの一番の意味は時間の小ささである。それも、他人と比べるのではなく、生前、生後にある
何処までも広がる時間に対してである。自分を取り巻く永遠の広がりの時間である。
そう感じる「わたし」は、実は過ぎ去った時間を振り返った時に「これ」から「わたし」になった言葉。
そうすると、「わたしの人生は儚い」は、その言葉に縛られた感情でしかないということになる。
人生を振りかえって長かったような、一瞬だったような気がするが、それは現在、そう思っている「わたし」の
言葉ということだ。 一年前の日記に「わたしの人生は儚い」と書いてあったのを読み返したとして、
あの日に、そう思っていた「わたし」がいた、というだけのこと。
知人の墓参りに感じる「儚い」は、故人からの教訓で、実は直面するだろう自分の死に対する、
予行演習を勝手にしているということでしかない。
儚いと思ったら、現在直面している苦難と悲しみをジックリ味わえ!ということ。
故人の墓参りをして「儚い」などとは、自分の心が、都合のよいことしか考えていない、解りやすい事例でしかない。
まあ、そういうこと! みも蓋もない話になったが。
・・・・・・・・・
2007年07月22日(日)
2301, また地震!どうなっている?まったく! −5
まず今回は原発に絞って、これまでの問題をまとめてみる。
・世界最大規模の刈羽原発の真下に、実は活断層が直下に走っていて震度6強、
マグネチュード6・8の地震が発生した。それは、日本の国家として最も恐れていた非常事態である。
・海岸線のため、それは普通の地震とは違い、一般住宅が1000世帯、半壊はその倍の2000?
被害家屋が10000世帯にのぼった。それは直下型地震の上、地盤が弱いことが原因である。
それからみて、原発の施設は想像を遥かに超える損傷を負ったと考えるのは妥当である。
・原発は最大マグネチュード6・5を想定して設計されており、6・8とすると2,5倍の衝撃が
かかっている。もし、中越地震並みに震度7だったら、マグネチュード7,2だったら、
と想定すると、日本はチェルノブイユのような事故になっていた、と考えられる。
日本壊滅?は、決して小説・映画の世界ではない!ということになる。
・マスコミで「この事件の結果、過去に原発反対運動の住民が言っていたことが、
ほぼ正しかったことが改めて検証できた」と報じていた。
ということは、利権で推進した連中は、国家をあわや滅ぼそうとした輩として
断罪に値する、ということになる。 想定外でしたとは、言いのがれはできない!
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07月22日(火)
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