ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2539, 閑話小題

 *三月の風景
三月は何ともいえない雰囲気で好きである。 節目の時だからだろう。 
「誰々が、どこそこの大学に合格した、入社した」とか、駅には卒業式の羽織袴の姿と、
小・中・高校を卒業した少年少女のエネルギーが街に溢れかえる。
近くの散歩コースの土手の雪が融け、小さな犬の散歩の姿が見られるようになる。
春の到来ということだ。 企業は退社する人と、入社する人の交差の不安定の。時期になる。
野球のオープン戦と開幕戦が始まり、サッカーの開幕、大相撲春場所が始まり、春の高校野球、
そして卒業式の学生の姿が初々しく微笑ましい。 
一年の節のの時節ということだ。
  ーー
 
 *サブプライムローンと毒入り餃子
タイミング的に丁度良く、サブプライムローンと毒入り餃子問題が重なった。
悪質な不良債権をミックスした債権を餃子とみると、あまりに似た問題である。
それもサブプライムはアメリカの格付け機関の保障入りときている。
世界の金融機関にばら撒かれていて、気づいていないところが多いから始末が悪い。 
中国の冷凍餃子も、中国当局がまだまだ、ことの重大さを認識してないので、問題は更に拡大する。
これを切っ掛けにアメリカのドル本位制に近い通貨への不信が拡大し、ドル暴落はさけてとおれない。
それからくる大混乱が生じはじめ、ドル本位制度から資源本位制度がいわれてきている
  ーー
 
 *骨美人と水美人
山田風太郎は、
「美人にも骨美人と水美人がいて、自分は水美人が好きだ」という。
水美人は20歳前後のどうしてこんなにかわいいのだろう思われるみずみずしい人。
こういうのは歳をとると皺くちゃばあさんになる。
骨美人は正統派?の美人で、山田五十鈴とか、高峰美枝子とか、歳をとっても崩れない美人。
それがどうしたといえば、それまでだが、骨格のバランスの問題でしかないのは
自明のことだが・・・・。それなれ韓国のように整形をすればよい。美はバランスだから、
バランスを直せばよい。 ところで私は水美人派である。 傍に居るだけでもよい。 
私の姉たちは若い頃は美人系だったが?崩れてしまったのと、そうでないのと二分?
性格もあるが、諦めないのがポイントのようだ。諦めないとは?如何いうこと?
バランスの崩れを直し続けること!それと、心ということか?トキメキを持ち続けること!
 そういうこと・・・如何でもよいが!

・・・・・・・・
2007年03月17日(土)
2174, 14歳からの哲学ー 2
          オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン!

    今回は池田晶子の真骨頂の部分といってよい「死について」考えてみよう。
    以前に「あたりまえことばかり」という著書の中でも、死について述べている。
   (いや、彼女のあらゆる著書の中で述べているが・・)
    最近、「死」について考えると心地良いのはどういうことだろう。
    死を考えることは、生を考えること、人生そのものを考えることだからである。
    いや、歳をとったということか。

「あたりまえのことばかり」の中の、
V章 生きているとはどういうことかーの一節から・・
 
 ー死を知らないくせに、そのくせ知ったつもりでいる。
普通、死は恐い、恐怖、不安であり、いずれは死ぬという前提で人生を送っている。
他人の死ぬのをみて自分に当てはめて類推しているに過ぎない。
自分が死ぬという経験は絶対にありえない。もう一つの勘違いは、死体を見て、
それで死を見たと思う。ここが大事なことですが、死体は死ではないことに気づくと色いろなことが
わかってくる。死体は物質ですが、死そのものは物質ではない。
それでは「死とは何か」の一般的な答えは、「無になる」ことです。
無というものは無いから無なわけです。無は存在しない。存在しか存在しない。
したがって、「死ぬことは無になること」という言い方によって、言われている
無というものは無い。すなわち死はない、ということになります。

    にもかかわらず、なぜ無い死を在ると思って人は生きていくのか。

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03月17日(月)
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