ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2415, 閑話小題
才ノヽ──d(∀`d*)─(*b´∀)b──

 *古着の処分*

今まで、古い背広を思い切って処分をした記憶がない。
いや、数年前にしたつもりであったが、よく見たらまだ?着もあった。
全てが以前まで事務所の近くにあった「花菱」というチェーン店のもの。
(ここは一度サイズをとると、生地の選択で注文服が買えるシステムの店)
中途半端な値段のものばかりで、比較的高いものは使い尽くしているので残ってない。
中途半端のものは中途半端の使い方のため、納戸に吊るされたまま残っていた。
私の癖の「安物買いの銭失い!」が、20数年の背広の姿に現れていた。
花菱だけを使っていたことの弊害もあるが・・・ 
現在の背広は、ほぼ無地の濃紺か黒で、素材も、軽く、地がシッカリしたものが主流。
それまでの二度と着ないと確信したものを思い切って古着屋に持っていった。
コートも含めてガソリン代になるかならないかであったが、少しでも金になっただけもよい。

今回、公害型の古着屋に売りに行ったのは初めだが、彼らの買い入れのシステムが面白い。
「店頭で売れる商品と、どうにもならない商品を分けて、売れないものは一c一円という。
全部で1500円だったが、まだまだ物理的に使えるものを‘一応売った’という、
気持ちの安らぎになる。 しかし、あまりの安さに防寒コートを一枚持ち帰ってきた。
 処分するにつけ実感したのは、良いものを丁寧に使うことだった。
この三年、背広を買ってないので買わなければならなが、
それでも、以前の背広でも、まだことたりるが・・・
 −−
 
 *始めての共産党(推薦)への投票*

箱物行政を批判して当選した市長が三選された。
本来は地方首長は二選で身を引くべきである。
建設業者を代表にした業者に取りこまれるからである。
前市長の箱物行政を批判をして当選しながら、今度は平然と手の裏を返す姿は、
呆れる以前の話である。
共産党以外誰も立候補をしない地元長岡は、貧すれば鈍する最低の事態である。 
誰も分かっているが、何も言えないほど地元経済は最悪の状態ということである。
新潟駅の再開発も実際のところは必要はない。
しかし、当方はそれが命戦なら感謝するしかないのも事実である。
                ΒΥΕ.._〆(´U_`*) モフフッ !

・・・・・・・・
2006年11月13日(月)
2050, あたりまえなことばかり −6
           \(≧ロ≦\)オハヨウ! サン

    著者の幸福論もシンプルで解りやすい。
    幸福など観念でしかない、観念をカタチに求めるから
    ‘こんなはずではなかった’という結果になってしまうのである。
    それはあれ等、軽いタレント同士の結婚の破局をみれば分かることだ。
    家庭内を含めると半数以上の夫婦間が破局するのも、このような無知からきている。
    まあ、相性もあるが・・・ 幸福論は、格言以外あまりまともには読まないが、
    ‘付随してくる感情か、自分を納得させるための方便’にしか考えてなかった。
    この著では、タレントとか有名人の表層の幸福のカタチは、動物レベル?になるが・・
    コミックとしてしか誰も観ていないか、いやまともに見ているから恐ろしいのか!   
 ーー
「あたりまえなことばかり」
W・ 幸福はどこにあるのか ー @

何ものでもない心の状態としての幸福というものを、
ほとんどの人は物質に似たものとして人は思い込んでしまう。
人は「思い込みの動物」である。 動物存在として「カタチあるもの」をのみ
幸福と思い込むのは自然である。そのレベルでは、目に見え、触れるもののみが存在する。
生存するために存在する。
しかし動物は、そのような自身のありように自身のありようを問わないであろう。
人間のみが、その生存において、自身の孝・不幸を問う。
このとき、その理由によって孝・不幸は一つの思い込みになる。

    カタチあるものを、カタチない孝・不幸と同じように、

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11月13日(火)
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