ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2410, 「あたりまえ」ということ
金子みすず の「不思議」という素晴らしい詩がある。
ーーー
*不思議
わたしは不思議でたまらない
黒い雲から降る雨が
銀に光っていることが
わたしは不思議でたまらない
青いクワの葉食べている
蚕が白くなることが
わたしは不思議でたまらない
たれもいじらぬ夕顔が
一人でパラリと開くのが
わたしは不思議でたまらない
たれに聞いても笑ってて
あたりまえだということが
ーーー
我われは、いとも簡単に「あたりまえ」と思っていることでも、
少し考えてみれば、不思議なことばかりである。
自分が現に存在していること自体が、「あたりまえ」ではない。
偶然の一致の重なりで現在の自分が存在している。
その現在の自分が存在している宇宙そのものが不思議である。
それに気づくかどうかである。 不思議な体験を何度もしてきたが、
それよりもっと不思議なこと、「いま、ここにある 自分」こそ、不思議そのもの。
その不思議をじっくり考えないから、せっかく不思議な宇宙、そして地球、
自分の深さに気づかないのである。
そのためには「あたりまえ」のことに驚かなくてはならないのである。
感謝、感激、感動を周辺の全てから感じ取らなければならない。
最近、とくに感じるのは「いま、ここにある 自分」である。
これほど不思議な瞬間はないのである。
こうなると哲学になってくる。あたりまえのことに、驚きを立てることである。
偶然、去年、池田の「あたりまえのことばかり」の書評が書いてあった。
面白いものだが、彼女の「あたりまえ」のことは、普通の人のいう「あたりまえ」とは
全く違う。「あたりまえ」と思っている全ては「あたりまえじゃない」ということ、
それを全て疑いないなさいということが、「あたりまえ」ということを言っている。
少し、ややこしいが・・・
・・・・・・・
2006年11月08日(水)
2045, あたりまえなことばかり −2
「 あたりまえなことばかり」 池田晶子著 ー 読書日記
(。^0^。)オッハ〜
この本の面白そうな項目から取りあげてみると「考えるとはどういうことか」になる。
「考える」とは、実際のところなんだろうか? 言葉の羅列?それとも、思いつき?、
それともそれらを対比し、その差異と同定をしながら掘り下げること?
まずは、この本の面白そうなところを抜粋しながら「考えて」みる。
我慢して最後まで読んでください。 それも何度も!!
当たり前のことに何の疑問を感じなくなってしまっている、
自分の感覚を呼び戻すためにも・・
ーー
U 考えるとはどういうことか ー@ー
*私が日がな何を考えているかといえば、
考え始めたはじまりにまで遡ってみると、一言で言えば人生についてです。
人生というと一言で敢えて具体的にいえば「生まれてきて、死ぬことです」
あるいは「誰もが自分である」ということです。
この当たり前のことが、不思議ではないですか?
そんなのは当たり前といいますが、本当に当たり前と言われるが、
それでは如何いうことか、解るのですか? 生きることも、死ぬことも
誰も知らないのに、どういうわけか皆知ったふりをして、毎日を生きているわけ。
*キリストの言葉というものをよく読んでみると、私を信じろとはいってませんね。
あなたの内なる神を信じよ、といっているのです。
ところが、生命とか宇宙とかの不思議が本来もうどうしようもない謎を
忘れた人たちにとっては、キリストそのものが信仰の対象になってしまうのです。
キリストだって分りませんよ、そんなこと。ところが自分がわからないといことを
忘れているから、ただの権力闘争になってしまう。本末転倒なわけです。
*どう考えるかという問いにあえて答えるとしたら、
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11月08日(木)
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