ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2365, ウィーン・コンサート、それが何!

              ヾ(´∀`o)+。 オハヨウ    
ウィーンに在住の哲学者などというと、えらく格好良く聞こえるが、
この哲学者にかかれば、何てことはない。
ウィーンに着いて早速、夫婦喧嘩をして妻に首を絞められたとか、
ウィーンの新年のニューイヤー・コンサートに日本からの即席の「お嬢様」が
アホづらをして参加しているとか、辛らつである。
(こういう露悪者に好感を持てるのは自分がそうだから?)
新年にNHKが放送するところから、それが恰も知的なハイソサエティーな
雰囲気をもたらすからである。
しかし日本が思うほどオーストリア人は音楽には興味をしめしてない。
確かにオーストリアの観光コースにツアーで行くと、毒気に当てられ、
何か音楽音痴は自分だけのように思うが、現実は一部マニアの道楽でしかないと
中島がいうから確かなのだろう。
以前、北スペインに行ったとき、同行者が次の旅行は
「ニューイヤー・コンサートに行く予定になっていて、これで二回目」と聞いて、
ハイ・ソサエティーの話と思い込んでいたが、話を聞けば趣味の一つでしかないし、
度々行くほどの事でもないことが解った。
そんなものでしかないが、といって趣味なのだからケチをつけることもない。
しかし新年に限り、私もそのコンサートの番組だけは観ているが、
新年の荘厳な雰囲気は素晴らしい。

 「狂人三歩手前」 ー中島義道著
 ー妻との壮絶なバトル、くたびれ果てたー
−−
2001年から2002年にかけて、クリスマは家族(妻子)が住むウィーンで過ごし、
三人が別々の日・帰国してお正月は日本で過ごした。
妻子は四年前の四月からウィーンに住んでおり、
ユーフシア大陸を互いに往復する生活が恒例化している。
 ・・・中略
12月24、25日そして二十六日(聖シュテファノの日)とカトリツクの祝日は続く。
昨年は興味本位で妻にしっかり付いて教会に行ったが、今回は縦の木に飾りつけをして
すぐに、カトリックについて妻と激論になり、「そんなに俺の管理をするな!」
と私は怒鳴りはじめ、やがて「別れよう」と提案すると、妻が突如私の首を締めようとし、
それに無我夢中で抵抗し……というような派手な喧嘩が勃発。
夜になって落ちついてきて、「あなた、教会に行きますか」と誘われたけれど、
憎らしいから「いや」と答えて、そのままベッドに横たわっていた。
その後、くたびれ果てて、三日間私は家でポーッと寝ていたのだ。
いつも、ウィーン到着後、妻との平和共存は三日ともたない。
十七歳の息子は、こんなゴタゴタにはもう慣れっこで、ひとりで勝手に行動しており、
二十五日に一足早く日本に帰ってしまった。
ウィーンのAIS(アメリカンインターナショナルスクール)十一年生なのだが、
ウィーンが嫌いで、休みごとに帰国していいという条件で、彼の地に留まっている。
授業は当然全部英語だが、ドイツ語とフランス語も取っている。
ドイッ語はまあまあのようだが、フランス語はダテに取っているようで、・・・中略

妻は正月準傭のため二十八日に発ち、私自身は十二月三十日、ユーロへの切り替えの
二日前に帰国した。・・・中略 
元日の晩は、楽友協会での小澤征爾の指揮によるニューイヤーコンサートをTVで観る。
我が国のとくにインテリどもはこのニューイヤーコンサートが涙が出るほど
好きなようなので「真実」を伝えると、殆どのウィーン人はこれをTVでさえ観ない。
ヨハン・シュトラウスなど、まして小澤征爾などどうでもいいのだ。
ちなみに、国立歌劇場に入ったことがある人は、全ウィーン人口の五パーセント以下
だと聞いたことがある。ウィーンにテレビのチャンネルは二十以上あるが、
クラシック音楽番組は全チャンネルを通じても一週間に一度だけである。

そういえば、私の留学時代だから二十年以上も前になるが、
ニューイヤーコンサート会場で面白いハプニングがあった。
タキシード姿の若い男が二人、突如舞台に上がり全裸になったのだ。
アレアレという間に取り押さえられたが、何でもゲイ差別反対のデモンストレーション

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09月24日(月)
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