ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2148, 幸福に驚く力 −1
オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン!
ー読書日記
「幸福に驚く力」 清水真砂子 著
翻訳の仕事は、言葉と物語の筋道に対して冷静な立場にある。
その立場からみた物語の本質は深く肯けるだけのことはある。
この本の内容を単刀直入に言えば、
「ゲド戦記」の翻訳者による過去十年間の講演録である。
大雑把に言ってしまえば
{人は子供の本と物語の力によって、日常の中にある幸福に驚き、
人生を肯定的に生きることができる}が柱である。
幼児期、少年期の生活環境の重要なポイントが見えてくる内容である。
今回はテーマそのものの[幸福に驚く力]についての、要点を抜粋してみる。
−−−
ー幸福に目を凝らすー
大人の文学は、よくもまあ、これだけ不幸に目を凝らすものだと思われるほどに、
重箱をつつくようにして不幸をえぐり出しますね。それはそれで面白いんです。
では児童文学は何をやっているかというと、幸福に目をこらしているな〜と思うんです。
一見不幸と見えるなかに、よく目を凝らすといっぱい喜びが潜んでいることを、
ちゃんと取り出して書いている。 不幸に驚くことは放っていても誰でもする。
不幸に目を凝らすことは放っておいてもみんなする。
でも、子供の文学はずっと幸福に目を凝らしたり、幸福に驚いたりする心を
持った人によって、書かれてきたんじゃないかと思うようになりました。
だから幼いときに昔話や優れた児童文学に出会うことは、非常に大事です。
「昔話を聞いたり読んだりして育った人は、それだけで人生に対する抵抗力がつく」
とはよく聞くが、そのことをやっと最近になってわかるようになった気がします。
まあ昔話は人生のイメージ・トレーニングをすることである。
ー人生を肯定する生き方ー
「昔話を聞いたり読んだりして育った人は、それだけで人生に対する抵抗力がつく」
とはよく聞くことですが、そのことが最近やっとわかってきたような気がします。
昔話はだいたい、主人公が一人いて、いつも前進し続けていて、最後には幸福になるという
筋書きですね。これが繰り返し繰り返し、いろんな物語に出てくる。
これらに出会うことによって、なるほど人はひとつのイメージ・トレーニングが
できてくるのだろうなと思います。
それから、必ず善が勝つのも昔話の特徴でしょう。善が勝つ、善が生きのびるということは、
とにかく小さい時にはこれでもか、これでもかと伝えてやらなくちゃいけないんでしょうか。
そうやって生きるということを徹底的に肯定的に肯定してやること。
それをしなかったら、すぐ「どうせ人間なんて」ということになってしまう。
「どうせ生きたって」「どうせ大人なんて」ということになる。
私は児童文学とか、昔話は、人生を肯定的に見る下地をしっかり子供の中に
つくってくれるのではないかという気がしています。
またそうあって欲しいと思います。
『夜と霧』を書いたフランクルが「それでも人生にイエスと言う」を出している。
何だかんだと言っても、それでも人生を肯定しようと、彼は言っています。
その姿勢を昔話とか、子供の本は子供たちに、いえ、広く私たちに伝えて
くれているのではないか。そういう思いをぶち壊そうという力がどんなに大きいか。
そう思えば思うほど、せめて小さい時にそれに耐えうる下地を、と思うのです。
「なんだかんだあっても、でもあの人はこういきてきたじゃないか」とか、
「でもあの子は、こういうふうに生きたじゃないか」とか、
「周りはそうじゃないかもしれないけれども、でも周りだけが全世界じゃないわけだし、
世界のあちこちに人は暮らしていて、しかしこれまでだって、あんなふうにも、
こんなふうにも生きてきたじゃないか」
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02月19日(月)
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