ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2146, 駅前専門学校の時代の終焉!
才八∋ウ_〆(∀`●)サン
十数年来、長岡や新潟駅前の建設やビルの買収といえば専門学校であった。
しかし、この破竹の勢いはここまで、逆現象が始まるという。
就職難民が体裁を整えるためとと、とりあえず資格取得をめざすのが
専門学校の存在意義であった。
就職難民の一時収容所に近い機能が実態?だった。
ところが少子化で絶対数が少なくなったこともあり大學が存続のため、
本気に彼らを吸収し始めてきた。
アメリカのように、入るのは優しく、しかし卒業は難しく!へ方針を変えてきた。
さらに団塊の世代の大量定年が始まり、企業も新卒の本格採用を始めてきたため、
今年から新卒の超売り手市場に入ってしまった。
2〜3年前までは考えられないことである。
これが専門学校にとって前門の虎と後門の狼である。
「学校法人は、その資格を取って、現在のニーズにあったソフトさえ揃えれば、
これほど面白い商売はない」と、ある経営者から聞いたことがある。
しかし、どの世界も同じ道筋を通って淘汰が始まる。
彼らの崩壊が1〜2年後に雪崩をうって一挙に始まるから問題は大きい。
この数年は気の毒にさえ思える大波乱が待っている・・・
どこも自分のところだけは大丈夫と確信しているだろうが。
時代の変化はそれを許さない!
新潟でもサッカーや野球のプロのチームを持っている何とかという
学校法人があるが、その華やかさの陰に重大な経営問題がある!のは、
少し考えてみれば至極当然のことである。
ここは学校法人に宗教法人を掛け合わせて、節税を武器にしている。
公明党が政権にある限り大丈夫と聞いていたが、そうはいかないのが情報社会。
この十年近く時代の波に翻弄された者として、彼らの行く末に非常に興味がある。
いまの税制では、5年や10年は持つか?
とにかく神様を隠れ蓑に、税金払わないで済むのだから!
時代は、いや娑婆は面白いものである!
ホンジャ ☆~~ヾ・ェ・)o尸~ マタネ~♪
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2006年02月17日(金)
1781, 他罰の人−2 (*^o^*)オ (*^O^*)ハ (*^。^*)ヨー!!
他罰を理解するために、その対比する言葉を調べてみたら
ー 自己罰(内罰)
ー 他罰(外罰)
ー 非罰 があった。
電柱にぶつかって怪我をした時、 w(☆o▽)w
・自分の不注意でぶつかってしまった... と思うのが
内罰・自己罰。
・こんな所に電柱があるからいけないんだ!
誰だここに立てたのは! と思うのが
外罰・他罰。
・この程度で済んで良かった... と思うのが
非罰。
この喩は他罰を考える時に解りやすい
これから見えてくるのは 他罰は責任転嫁ということである。
非罰は仏教的な考え方になる。
この全てを考え、後は忘れるのを待つ!のがベストであるが。
似た事例として 宗教書に
「お寺におまいりにいき、石に躓いて怪我をしてしまった時に
・信心があったので、この程度で済んだ!と思うか、
・おまいりに行ったのに何で怪我をしなければならないのか!と思うか、
仏教はこの程度で済んだと考える宗教である」 というのがあった。
他罰は外部に原因を見出そうという見方のため、
自己欺瞞の傾向が強くなるになる。
自己欺瞞は積み重ねると自己矛盾が生じ
精神の混乱を引き起こす。
そして自己と外部への怒りの温床になる。
そのプロセスでトラブルを彼方此方でおこし、
深い鬱になる。
他罰の人の傾向は非常に子供じみたところがあり、
心に深い傷を負っている人が多い。
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02月17日(土)
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