ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2140, 幸福はキラキラと輝く瞬間

             才八∋ウ_〆(∀`●)
    
  「藤沢周平に学ぶ」月刊『望星』・編
                      −読書日記ー
 ー人間の成熟にかかわる『人生の充足感』ー

山田洋次監督の映画は「男はつらいよ」の48本すべてと、
その他の映画の最近のものは殆ど観ている。
彼が「男はつらいよ」についてのTV特集などで渥美清を語る座談で、多く聞いてきた。
しかし、どういうわけか彼が書いた文章は殆んど読んだことはなかった。

    ところが藤沢周平についての評論を24人集めた「藤沢周平に学ぶ」の
    冒頭の「藤沢作品を映画化して想うー人間の成熟にかかわる『人生の充足感』」
    の評論があった。  
    彼は幾つか藤沢の映画を撮っているだけあって、心打つ内容である。
 
    人生で誰もがキラキラ輝いていたのである。
       そのとき! は。
    まずは、彼の文章の一節から・・
 
  **幸福とはキラキラと輝く瞬間を持つこと!**

「隠し剣、鬼の爪」で、主人公の侍が行儀見習いで女中奉公に来ていた
娘にプロポーズするシーンで、その瞬間、彼女はキラキラと輝くような、
生きていてよかったという幸福感で胸が一杯だったはずです。
僕は、幸福とはキラキラ輝く瞬間を持つことだと思う。
人生のうちには、そんなふうに何度かそういう瞬間がある。あるいはあってほしい。

心の芯から温かいものがフワ~と湧き出るような、そういう短い時間が誰もが持っている。
映画「たそがれ清兵衛」でいえば、父親が幼い子どもを「高い高い」しながら
抱き上げる瞬間、子どもの側からすれば、高々と持ち上げられて、
急に視界が高くなったときの嬉しさ、ああ、いま父親に高く抱き上げられているのだ、
という充足感。子どもはその後、大人になるにつれて、人と争ったり、
世渡りで苦労したりするが、あの瞬間の充足感は一生忘れない。
幸福ということは、つまりそういうことなのではないかと思います。
     (感想)
    ー私自身、キラキラと輝く時間は数数え切れないほど多かった。
     本当にこれで良いのか?と思うほど多かったといえるのが幸せである。
     求めたからだろう。ギラギラでなく、キラキラというのが幸せである。
     ギラギラは、心に欲とか不純なものが蓄積している状態で、後には不快が残る?
     やはり、幸せは両親の愛情をタップリ注がれた基盤が必要条件になる。
     二人の愛の結晶が子供である。 愛は二人で維持していかないと・・・


  **感動体験が「良識」をもたらす**

 いまの30歳代くらいまでの若い人の特徴は、子ども時代の体験があまりに
貧しいということではないでしょうか。
 団塊の世代までは、野原や川原で大勢の友達と遊ぶ楽しさを知っています。
汗だらけになって遊び呆けて、日暮れどき、仲間とアバヨと別れ、家路につきながら
「ああ、楽しかった」という、身体の中が熱くなるほどの満足感。
そこには兄貴分がいて、喧嘩もあって、仲直りもあって、子どもとはいえ、
小さな世界の秩序があった。
そうした中で、人は自然を学び、社会の分別を学んでいたのです。
 
 生きていくということはなかなかしんどいことですが、やっちゃいけないことは
やらないという態度は良識だし、やらなくてはならないことはやるというのも良識です。
その良識を持っているいるかいないかはということは、その人が、ああ俺は幸福だな、
という感覚を肌身にしみて体験しているかどうかと、深い関係があると思います。

人間というものは厄介な存在で、恋愛問題だけでなく、家庭、地域、職場、学校など、
集団にはトラブルはつきものです。
いったんこじれた人間関係は修復するのは、面倒なことだけれど、相手の立場に立ったり、
相手を変えよと努力したりする中で、自分自身も変わっていくのです。
もつれた糸をほぐすような悩みや工夫のなかで、人は成熟していくのです。
    (感想)

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02月11日(日)
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