ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2105, ウェブ人間論 −4
(~Q~;) おはよう〜〜 ファ〜
ネットがますます重要な位置を占めてくるとき、
その中での実名か匿名か、どちらを選ぶか大きな問題になる。
匿名の場合は無責任な事も書けるが、実名は書いたことは実際に話していることと
同じことになり、当然リアル世界に直接跳ね返ってくる。
このHPを書いていて時々面白い現象にであうことがある。
自分が忘れていた事を相手が憶えていて、読んでいる人のほうが
自分のある一面だがよく知っていることがある。
これだけの量を書いていると何を書いたか、自分でも忘れてしまう。
自分の体臭に気づかないのと同じで、悪臭は敏感に感じ取られてしまう。
このHPは、自分のネット上の分身であると同時に、本心そのままである。
もし私の知人が殆んど同じHPを書いていたら、これほど面白いことはないはず。
最近一人芸の「ピン芸人」ブームであるが、何か非常に似ている。
面白くなければ他人も自分も、毎日つづかない。
特に文章は残るものだから、そして「未来の読者としての自分と、自分の分身」
に語りかける要素があるので、手抜きは許されない。
実際、匿名のHPも自分を大きく開放してくれるだろうが、
「自分という世界の構築」という意味で、マイナス面が大きいのではなかろうか。
ーーー
第二章 匿名社会のサバイバル術
梅田:ネットをする人と、パソコンを触ったことのない人もいる。
今は間違いなく過渡期です。
初めて入ったコミュニティーというのが本当にベストであるという、
保証は全くないのです。その齟齬のようなものが、家族の中にも、
学校にも、日本という国にもあり、物理的な大きな制約になっている。
でもネットでは、自分がいたい場所が選べる。
人との出会いを含めて可能性がバーンと広がっている。
学校のクラスの中には自分と合う人はいないけれど、ネットに行くと
母集団が50人から500万人に変わって、さらに検索が出来るから、
在ったこともないけど自分とおなじことを考えているとか、
自分にピッタリあった人が見つかっていく。
これがものすごく大きなことで、それが、ネットへのワクワク感を
持った人たちを「ネットなしではやっていけない」という感じに
させているのだと思います。
梅田:専門性ということでも、一つの研究所にITのプログラマーが
500人位在籍していても、ある一人がやっていることは必ずしも、
その組織では理解されないのです。あまりに専門化しすぎてしまって。
ところがオープンソースの世界では、ソフトウェアーのコードを
ネット上に無料で流すと、いきなりロシアとか中国とかシリコンバレー
からでも、「お前のコードは凄いよ」とか、「同じことを考えていた」
とか、世界中の不特定多数からのリアクションが届く。
この感動が核にあるんです。リアル世界では誰もわかってくれないのが、
ネットにのった瞬間に変わる。オープンソースの原動力って、
結局そういう個々の承認感動にあると思います。
梅田:ネットの魅力の感じ方は、リアルな空間での自分の恵まれ度に
反比例すると思います。リアルの世界で認められている人や、
いい会社に勤めている人たちに、いくら僕がネットがいいよ話しても
わかってもらえない。リアルで完全に充足しているから、別世界なんて
必要としないのです。
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*ピン芸人的ブログ
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平野:ネット社会によって到来した「一億総表現者時代」というのは、
非常に刺激的なことと思っています。今までは一部作家と出版社だけに
寡占されてきた「_〆(。。)書く」という表現手段が、一気に、
しかもただ同然に、誰にも開放されたのですから。
その内容といえば二つに分けることができる。
一つは、有益な情報発信、情報交換の場としてのブログ。
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01月07日(日)
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