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堀井On-Line
by horii86
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■2007, 「私」のための現代思想  −5

              おはよ〜!(*^ワ^*)i

第二章 「私」はどこで、どのように生きているのか


私たちはに投げ出され、その<世界>の中で何らかのと<価値>によってを認識し、
とは、そのそれぞれの
・・・・・・・
2004年10月01日(金)
1277, [人生の目的]ー五木寛之著ー読書録

 数年前に話題になった本だが、当時あまり興味を示さなかった。
先日、たまたま図書館にあったので借りてきて読んでみた。
幼児期のころから、かなり厳しい生活体験をしている為、
書いてあることは暗いが、しかし重い。
彼のーあとがきにかえてーの一文が、全てこの本を伝えている。

ーー「人生に決められた目的はない、と私は思う。
しかし、目的のない人生はさびしい。寂しいだけでなくて、むなしい。
むなしい人生は、なにか大きな困難にぶつかったときに、つづかない。
 人生の目的は、「自分の人生の目的」をさがすことである。
自分ひとりの目的、世界中の誰ともちがう自分だけの「生きる意味」を
見出すことである。変な言いかたになるが、
「自分の人生の目的を見つけるのが、人生の目的である」と言ってよい。
そのためには、生きなくてはならない。生きつづけてこそ、目的も明らかに
なるのである。「我あり、ゆえにわれ求む」というのがわたしの立場だ。

 その目的はナカナカ見つからないものである。
確実に見つかるのは目的でなく目標である。
目標は達成されれば終わる。残るのは達成感だけである。それも直に
薄れていく。

 人生の目的とは、おそらく最後まで見出すことのできないものだろう。
それがいやなら、もうひとつ、「自分でつくる」という道もある。
自分だけの人生の目的をつくりだす。それは、ひとつの物語をつくることだ。
自分で物語をつくり、それを信じて生きる。
しかし、これはナカナカむずかしいことである。
<悟り>という物語、
<来世>という物語、
<浄土>という物語、
<来世>という物語、
<輪廻>という物語、
それぞれが、偉大な物語だ。
人が全身で信じた物語は、真実となる。

ーー

以上だが、深い人生を生きてきたからこそ、このような文章が書けるのだ。
最近、両親の生きざまが、いやに思い出される。
私にとって両親を尊敬できるのが、本当に嬉しいとつくづく思う。
あと5年もしたら、どうしても過去を振り返りながら、
ソフト・ランディング態勢に入らなくてはならない時期になる。
その時人生を振り返っテ「自分の人生の目的」とは何だったのだろうか、
と総括をしなくてはならない。
苦しいが、しかし冷徹に自己評価をしなくてはなるまい。

この本に、前回借りた人が書いた、メモが挟んであった。
達筆な年配の人のような字だ。
それを書き写してみる。

「他力の信は義なきを義とす。
 生きている限り生老病死の影は、私たちにさしつづける。
 このことは、わがはからいにあらず
 災難に会うときは会うがよろし
 死ぬる時は死ぬがよろし
 
 人生は暗夜の山中行である
 人は彼方の灯火に勇気づけられる
 それを他力本願という」
 
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2003年10月01日(水)
910, 人生の縮図

 先日、ある世界を垣間見た。
といって書くには、あまりにシビアな世界であった。
しかし、それを書くのが随想日記の真骨頂である。

 ある売り物の物件を見にいった時の人生模様である。
生々しい状態であった。
「あるリゾートホテルをどう転用したらよいか見てほしい」と頼まれた。
半年前に経営委託を受けた人が、支払いができないで逃げた直後。
オーナーが嫌気をさして混乱しているという。

 現場に行くと数日前まで営業をしていたのが、ありあり。
給料2か月分をまだ貰えない行き場のないマネジャーや従業員が3人いた。
彼等はそこで働き出して半年、派遣会社の身分で、保障は全くないという。
現在の日本の姿が、そのまま現れている状況であった。


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10月01日(日)
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