ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1816, 靴修理の面白さ

                 (○´・д・)ノ〔● ォ'`ョゥ○〕ヽ(・д・`●)


最近自宅にある、捨てるに捨てられない靴を5足を修理してしまった。
殆どの靴の踵部分が消耗して擦り切れてしまう。
靴ヘラを使っているが、先ずそこがボロボロになってしまう。
特に廉い靴は直に傷む。
ウォーキングと通勤で、普通の人の倍は歩くため消耗度が大きい。

    最近まで履いていた靴の右足の小指の部分が割けてしまった。
    靴屋に持っていけば最低5千円以上はとられる。
    そのウォーキング・シューズは私にすれば高めの1万2千円である。
    直すに直せないし、他は頑丈に作ってあり、3年以上も通勤、
    ウォーキングに、海外旅行にと、履き続けてきたので馴染んでいる。


ジッと見つめて知恵が出てくるのをまった。
内側から踵の修理用の部品を貼り付け、
外側から傍にあった金物修理用ボンドを埋め込めば何とかなる!と。
こうなると、遊びの領域になる。
そして無事完成してウォーキングで履いてみたが完璧に直っている。
その上を黒の靴墨で塗りこんであるので外見からも分らない。

    そうすると俄然面白くなって、踵の磨耗部分などは簡単に直してしまった。
    新しい靴の踵部分に初めから修理用の部品をボンドで貼り付けておけば、
    靴ヅレの心配も無くなり、靴の事前メンテにもなる。
    
    何ごとも楽しむことだ! 
                 (。・・)_且~~ お茶
                 
そういう訳で、我が家の玄関にはウォーキング・シューズが9足も並んでいる。
玄関のドアがガラス張りなので泥棒よけにもなっている。
判ったことは、高めの靴は履きやすいことと、長持ちをする。
それと履けば履くほど使いやすくなる。

    けち臭い話だが、殆んどはウォーキング以外は履かない靴だから
修理の部分も気にならない。
    自分で治すという発想が今まで無かった。
    しかし自分で治せると判れば良いものを買って、
    メンテをして長く使ったほうがよい。

                   ヾ(●・з)ノ" バイバイ!

・・・・・・・
・・・・・・・
2005年03月24日(木)
1451、「仏教の根底からの否定」の文章−1


ー山根二郎かく語りきー

ある雑誌で山根二郎という人の文章を読んで、ただただ驚いた。
仏教を根こそぎ否定・批判しているのである。
ここまで仏教を根底から批判している文章も初めてお目にかかる。

宗教業界の坊主の質が悪いと思っていたが、
仏教そのものを根底から否定している日本人に初めて出会った。
それが正しいとか、間違っているかが問題ではない。
日本のような仏教国?で、あからさまに否定できる知識に驚いている。
また、その豪胆さにも。
反面、マイナスから照らした仏教の教えの真髄も見えてくる。

江戸時代に、幕府がキリスト教を封じ込めるため寺請制度に問題があった。
市役所の戸籍の役をお寺に丸投げをしたのだ。
もし、人別帳から外されたら大変な事態になるからだ。
そこを利用した坊主の利益享受システムが、長年にわたってつくられた。
その流れをそのまま受けついでいるのが現在の仏教業界である。

不幸につけこんだ搾取を、立場と信心を利用して行なっているのだ。
それに対して、誰も声高く批難できないのが島国の環境のためでもあった。
それと似たことが、中世キリスト教会も行なわれていたが。

まあ創価学会にしても、その類でしかない。
自分達だけは無税と手前勝手な屁理屈で大手を振っている。

一年ほど前、寺から京都の本堂の改築のため、一万の寄付の要求をしてきた。
「この不景気に何をいっている」と言いたいが黙っていた。
全く坊主丸儲けである。

山根は、その根底から否定しているから痛快である。
ー以下は彼の文章のポイントを抜粋したものである。
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03月24日(金)
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