ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1501, 人生の敗北者とはどんな人か?−3
人生の敗北者が本当にいるのか?
という疑問が生ずる。
敗北とは、自分が決めるもので他者の表層を見ての判断ではない。
しかし、「‘プライドと、それに対応した被害妄想’のために、
自分の壁になる対象を否定。それ故に一生を棒にふるってしまっている人」
を見ると、敗北者と観るのも当然である。
もちろん誰の中にも多くの要素が存在している。
ー彼ら(自分)の心の呟きとは、
「そうでも思わなくては自分の精神を保つことが出来ない。
それと実際のところ、そう思ってストーリーの構築をしないと
自分の正義は成立しない!」
「敗北者には、お互いに傷を舐めあう共通精神が必要だ。
その敗北者の共通根性こそ安らぎになる。我われには共通の敵がいるのだ。
その共通の敵は、絶対数が少ないので攻撃をしやすいし、攻撃することで
我われのプライドは満たされている。敗者の惨めさは敗者しか味わったことがなく、
この苦しみ、この惨めさは、勝者には解ろうはずがない」
「敗北というが、何を持って敗北と言うのか?決して敗北ではない!
立場が違うのだ!大体が人が嫌いなのである、アクセクしているより
面白おかしく人生を生きた方がよいではないか。
何を一生懸命生きる必要があるのか?
何を学ぶ必要があるのか?
悪い奴らを疑い、憎悪するのは当然のこと、叩かれれば叩き返せばよい。
目には目をというではないか。
何を奇麗事をいう必要など何処にあるというのか?」
等々と、それぞれの言い訳がある。
(はっきり言うと、これは私の内面の声である。だから、スラスラ書けるのだ)
言い訳を先ず考えてから、ものごとに対処しようとするのが共通点にある。
対象によって勝者と敗者に分かれる部分がある。
心の中は、この二人の会話の部分がある。
だから複雑になってしまう。
でも敗者の方がいつも勝ってしまう。
心は否定の方が勝つ構造になっている。
だから知識が必要なのだ。
この年齢になって、教養の必要性が今更のように解ってくる。
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2004年05月13日(木)
1136, 「世界がもし100人の村だったら−(2)」
以前この本の(1)を買ったが、この続刊のー(2)が図書館にあった。
目を通すと、−(1)の解説書という内容であったが、さらに考えさせられるものであった。
これは世界の象徴であると同時に、グローバル社会の我々にとって、大きくかかわってくる。
ユダヤ民族が牛耳っているアメリカがいかに世界の富を独占しているか、
そして貧富の差が世界を覆っているかが一目瞭然と解る本ともいえる。
イラクのアメリカの侵攻の意味も、この数字を見ながら考えると不気味な感がする。
ー「世界がもし100人の村だったら」ー(1)の概要を、
まず抜粋してみると
<世界には63億人の人がいますが
もしもそれを 100人の村に縮めるとどうなるのでしょう。>
100人のうち
52人が女性です
48人が男性です
30人が子どもで
70人が大人です
そのうち7人がお年寄りです
90人が異性愛者で
10人が同性愛者です
70人が有色人種で
30人が白人です
61人がアジア人です
13人がアフリカ人
13人が南北アメリカ人
12人がヨーロッパ人
あとは南太平洋地域の人です
33人がキリスト教
19人がイスラム教
13人がヒンドゥー教
6人が仏教を信じています
5人は、木や石など、すべての自然に
霊魂があると信じています
24人は、ほかのさまざまな宗教を
信じているか
あるいはなにも信じていません
17人は中国語をしゃべり
9人は英語
8人はヒンディー語とウルドゥー語を
6人はスペイン語を
6人はロシア語を
4人はアラビア語をしゃべります
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05月13日(金)
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